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【新書が好き】やさしさの精神病理


1.前書き

「学び」とは、あくなき探究のプロセスです。

単なる知識の習得でなく、新しい知識を生み出す「発見と創造」こそ、本質なのだと考えられます。

そこで、2024年6月から100日間連続で、生きた知識の学びについて考えるために、古い知識観(知識のドネルケバブ・モデル)を脱却し、自ら学ぶ力を呼び起こすために、新書を学びの玄関ホールと位置づけて、活用してみたいと思います。

2.新書はこんな本です

新書とは、新書判の本のことであり、縦約17cm・横約11cmです。

大きさに、厳密な決まりはなくて、新書のレーベル毎に、サイズが少し違っています。

なお、広い意味でとらえると、

「新書判の本はすべて新書」

なのですが、一般的に、

「新書」

という場合は、教養書や実用書を含めたノンフィクションのものを指しており、 新書判の小説は、

「ノベルズ」

と呼んで区別されていますので、今回は、ノンフィクションの新書を対象にしています。

また、新書は、専門書に比べて、入門的な内容だということです。

そのため、ある分野について学びたいときに、

「ネット記事の次に読む」

くらいのポジションとして、うってつけな本です。

3.新書を活用するメリット

「何を使って学びを始めるか」という部分から自分で考え、学びを組み立てないといけない場面が出てきた場合、自分で学ぶ力を身につける上で、新書は、手がかりの1つになります。

現代であれば、多くの人は、取り合えず、SNSを含めたインターネットで、軽く検索してみることでしょう。

よほどマイナーな内容でない限り、ニュースやブログの記事など、何かしらの情報は手に入るはずです。

その情報が質・量共に、十分なのであれば、そこでストップしても、特に、問題はありません。

しかし、もしそれらの情報では、物足りない場合、次のステージとして、新書を手がかりにするのは、理にかなっています。

内容が難しすぎず、その上で、一定の纏まった知識を得られるからです。

ネット記事が、あるトピックや分野への

「扉」

だとすると、新書は、

「玄関ホール」

に当たります。

建物の中の雰囲気を、ざっとつかむことができるイメージです。

つまり、そのトピックや分野では、

どんな内容を扱っているのか?

どんなことが課題になっているのか?

という基本知識を、大まかに把握することができます。

新書で土台固めをしたら、更なるレベルアップを目指して、専門書や論文を読む等して、建物の奥や上の階に進んでみてください。

4.何かを学ぶときには新書から入らないとダメなのか

結論をいうと、新書じゃなくても問題ありません。

むしろ、新書だけに拘るのは、選択肢や視野を狭め、かえってマイナスになる可能性があります。

新書は、前述の通り、

「学びの玄関ホール」

として、心強い味方になってくれます、万能ではありません。

例えば、様々な出版社が新書のレーベルを持っており、毎月のように、バラエティ豊かなラインナップが出ていますが、それでも、

「自分が学びたい内容をちょうどよく扱った新書がない」

という場合が殆どだと思われます。

そのため、新書は、あくまでも、

「入門的な学習材料」

の1つであり、ほかのアイテムとの組み合わせが必要です。

他のアイテムの例としては、新書ではない本の中にも、初学者向けに、優しい説明で書かれたものがあります。

マンガでも構いません。

5.新書選びで大切なこと

読書というのは、本を選ぶところから始まっています。

新書についても同様です。

これは重要なので、強調しておきます。

もちろん、使える時間が限られている以上、全ての本をチェックするわけにはいきませんが、それでも、最低限、次の2つの点をクリアする本を選んでみて下さい。

①興味を持てること

②内容がわかること

6.温故知新の考え方が学びに深みを与えてくれる

「温故知新」の意味を、広辞苑で改めて調べてみると、次のように書かれています。

「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」

「温故知新」は、もともとは、孔子の言葉であり、

「過去の歴史をしっかりと勉強して、物事の本質を知ることができるようになれば、師としてやっていける人物になる」

という意味で、孔子は、この言葉を使ったようです。

但し、ここでの「温故知新」は、そんなに大袈裟なものではなくて、

「自分が昔読んだ本や書いた文章をもう一回読み直すと、新しい発見がありますよ。」

というぐらいの意味で、この言葉を使いたいと思います。

人間は、どんどん成長や変化をしていますから、時間が経つと、同じものに対してでも、以前とは、違う見方や、印象を抱くことがあるのです。

また、過去の本やnote(またはノート)を読み返すことを習慣化しておくことで、新しい「アイデア」や「気づき」が生まれることが、すごく多いんですね。

過去に考えていたこと(過去の情報)と、今考えていること(今の情報)が結びついて、化学反応を起こし、新たな発想が湧きあがってくる。

そんな感じになるのです。

昔読んだ本や書いた文章が、本棚や机の中で眠っているのは、とてももったいないことだと思います。

みなさんも、ぜひ「温故知新」を実践されてみてはいかがでしょうか。

7.小説を読むことと新書などの啓蒙書を読むことには違いはあるのか

以下に、示唆的な言葉を、2つ引用してみます。

◆「クールヘッドとウォームハート」

マクロ経済学の理論と実践、および各国政府の経済政策を根本的に変え、最も影響力のある経済学者の1人であったケインズを育てた英国ケンブリッジ大学の経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉です。

彼は、こう言っていたそうです。

「ケンブリッジが、世界に送り出す人物は、冷静な頭脳(Cool Head)と温かい心(Warm Heart)をもって、自分の周りの社会的苦悩に立ち向かうために、その全力の少なくとも一部を喜んで捧げよう」

クールヘッドが「知性・知識」に、ウォームハートが「情緒」に相当すると考えられ、また、新書も小説も、どちらも大切なものですが、新書は、主に前者に、小説は、主に後者に作用するように推定できます。

◆「焦ってはならない。情が育まれれば、意は生まれ、知は集まる」

執行草舟氏著作の「生くる」という本にある言葉です。

「生くる」執行草舟(著)

まず、情緒を育てることが大切で、それを基礎として、意志や知性が育つ、ということを言っており、おそらく、その通りではないかと考えます。

以上のことから、例えば、読書が、新書に偏ってしまうと、情緒面の育成が不足するかもしれないと推定でき、クールヘッドは、磨かれるかもしれないけども、ウォームハートが、疎かになってしまうのではないかと考えられます。

もちろん、ウォームハート(情緒)の育成は、当然、読書だけの問題ではなく、各種の人間関係によって大きな影響を受けるのも事実だと思われます。

しかし、年齢に左右されずに、情緒を養うためにも、ぜひとも文芸作品(小説、詩歌や随筆等の名作)を、たっぷり味わって欲しいなって思います。

これらは、様々に心を揺さぶるという感情体験を通じて、豊かな情緒を、何時からでも育む糧になるのではないかと考えられると共に、文学の必要性を強調したロングセラーの新書である桑原武夫氏著作の「文学入門」には、

「文学入門」(岩波新書)桑原武夫(著)

「文学以上に人生に必要なものはない」

と主張し、何故そう言えるのか、第1章で、その根拠がいくつか述べられておりますので、興味が有れば確認してみて下さい。

また、巻末に「名作50選」のリストも有って、参考になるのではないかと考えます。

8.【乱読No.86】「やさしさの精神病理」(岩波新書)大平健(著)

[ 内容 ]
席を譲らない“やさしさ”、好きでなくても結婚してあげる“やさしさ”、黙りこんで返事をしない“やさしさ”…。
今、従来にない独特な意味のやさしさを自然なことと感じる若者が増えている。
悩みをかかえて精神科を訪れる患者たちを通し、“やさしい関係”にひたすらこだわる現代の若者の心をよみとき、時代の側面に光をあてる。

[ 目次 ]
序章 過剰な“やさしさ”
第1章 “やさしい”時代のパーソナリティ
第2章 涙のプリズム
第3章 ポケベルのささやき
第4章 縫いぐるみの微笑み
第5章 沈黙のぬくもり
第6章 “やさしさ”の精神病理
終章 心の偏差値を探して

[ 発見(気づき) ]
「年寄りだとみなされる不快感を与えないように席を譲らないやさしさ」
「だまって返事をしないやさしさ」
「好きでなくても結婚してあげるやさしさ」
「友達には心理的な負担を与えたくないから悩み事を相談しないやさしさ」
気をつかっているというのは、わかるが、不可解な「やさしさ」 が若者の間に広がっているというのが、筆者の主張である。
本人は、それが本当の「やさしさ」だと心から思っているのであるが、
“他人のことを思いやる”
というより、
“感情を害したくない”
または逆に“
自分が嫌われたくない”
という思考回路であろう。
筆者は精神科医で、多くの症例で、患者とのやりとりを紹介している。
若者は互いに傷つくことを恐れ、負荷のない人間関係を求めようとするという指摘であるが、これはいろいろな評論家も指摘していることであるし、
“つながっているけれど、それほど関係は深くない”
と感じる場面は増えている。
精神的に思いつめた人は、筆者のような専門家に心理的な負担を委ねようとするが、カウンセラーが「良い人」だとやはり負担をかけることを回避する人もいるようである。
なにやらややこしい話になってきたなという印象である。
ストーリーがあるので、読み物として読んでも面白い。
「男らしい人」より「やさしい男の人」の方がモテる時代ではないのかもしれない。
「あの人はやさしい・・・」なんて、普段あまり意識しないで私たちはやさしいという言葉を使っているが、ようく考えてみるととても曖昧な言葉。
この本ではちまたに氾濫している「やさしさ」に焦点をあわせて、精神科医という職業のもと、著者が出会ったさまざまなやさしさとその問題点が描かれている。
私がいちばん興味深かったのが、人をホット、ウォーム、クールと三つに分けていること。
ホットとクールはなんとなくニュアンスが伝わってくるが、この「ウォーム」の存在を知ることが、現代の人たちが目指し、行うとしているやさしさを説く鍵になっているようである。
相手の心に立ち入らず、葛藤をできるだけ避けて関係を保とうとすること、それがウォームとよばれているやさしさの正体のようである。
傷つくことを極度に恐れるどうしの関係から生まれといっても過言ではない、そんな「やさしさ」について、著者はいくつかの例をあげて問題点を投げかけている。

[ 問題提起 ]
私たちはなぜ、こうまで「やさしさ」にこだわるのだろう。
あたかもそれだけが人間にとって大切なものであるかのように。
だが、私たちの心性の中でこの言葉が大きな部分を占めるようになったのは、そう古いことではないし、この間に言葉の意味内容もまるで変わってしまっている。
このことは、人間関係のありようのどのような変化を反映しているのか。
●互いを傷つけない一種の社交技術
結婚相手の条件は「やさしさ」、CMでは、「肌にやさしい」、「環境にやさしい」といったコピー。
〈食傷以上〉〈いささかの喚起力も持たない常套句〉となった感もありながら、同時に〈深く切実に求められている〉(竹内整一『日本人は「やさしい」のか』)。
「日本人はやさしいのか 日本精神史入門」(ちくま新書)竹内整一(著)

「やさしさ」とは、今やそういう奇妙さを持った言葉であるようだ。
「病院の面接室で、こんなものをやさしさと呼ぶのかと、行き過ぎたやさしさを強く印象づけられるようになったのは1980年代後半でした。
患者からどんな話を聞いても驚かないつもりだったのに、正直、度々虚をつかれた思いをしたものです」
本書に、具体例が紹介されている。
つき合っている女性を愛しているかどうかより、結婚してあげることが自分のやさしさと思っている青年。
塾に通いたいという希望を、親には「重い相談」だろうと思って言い出せない少女は、そのくせ親に恥をかかせられないからと月1万円の小遣いはもらってあげることをやさしさと感じている。
●巻き込まず、さりげなく
「今ではもうそんなことに異様さを感じなくなりました。
若者だけでなく老人まで、当たり前の風景になったからです。
やさしさは一種の社交技術なんですね。巻き込まず、巻き込まれず、さりげなく。
その方が快適で、それが上手でないと人間関係がうまくいかない現実があるわけです」
人と人を円滑につなぐために、やさしさはもともと欠かせないものだったはずだが、それがある時代相を反映する意味を帯びたのは、60年代末の学園闘争のころ、「やさしさ世代」の登場によってだった(栗原彬『やさしさの存在証明』)。
「増補・新版 やさしさの存在証明 若者と制度のインターフェイス」栗原彬(著)

「やさしさ」は流行語にもなったが、その言葉の響きは、今とは違ったものだった。
「当時、アンチという時代の空気のなかで、『やさしさ』は価値転換の武器の一つだったと思います。
大人社会では柔弱なもののように言われていたものが、身近な人との滑らかな関係を保つという個人的な価値にとどまらず、連帯を目指すものとして現れたのだと思います」
それから30年余、やさしさはさらに変容した。
旧来の語法の「やさしさ」は相手の気持ちに共感し、わが事のように受け入れてくれるときに感じられるものだったのに、
「新しい“やさしさ”」
に基づく関係では相手に立ち入ってはならない。
一方は「ホット」で、他方は「ウオーム」(『やさしさの精神病理』)。
同じ言葉がまるですれ違うのである。
「“やさしい人”に愚痴をこぼすのは不用意だと感じている女性がいました。
やさしいから嫌な顔をせずに聞いてくれるけれども、やがては去って行くだろうと、失恋体験からそう思い込んでいる。婚約者にさえ自分の気持ちが伝わってはいけないんですね」
「あるOLが食事を誘ってくれた同僚に『母が病気だからいけない』と答えた。
その同僚が何気なく別の同僚にそのことを話したことを知って、OLはまるで大きな秘密が漏れたかのように感じ、その後のつき合いがなくなったというのです。
それほど非常にセンシティブなんです」
傷つくことを恐れる過敏な反応。
それを、竹内氏は、共同体の庇護を喪失したことによって露呈した「傷つきやすさ」であり、“やさしさ”はそれの防衛手段だと見る。
そこには、思いのとどかない相手との距離感が埋めがたいものだと思う決めつけのような〈承認〉があり、〈多少しんどくとも思いやるべき・思い測るべき「相手の気持ち」など存在していない〉と記している。
●新種のネット上つき合い
「互いを傷つけない“やさしさ”は、トラブルや波乱のない滑らかなつき合いを約束してくれます。
8年前にはインターネットがこれほどになるとは考えていませんでしたが、新しい“やさしさ”はそのネットのなかで完成したという気がしています。
顔を合わせず言葉だけが介在する。
性別、役割、地位に絡む偏見もないし、いわば自由で平等なつき合いを実現しているわけですね」
著者は、「絆」という漢字には「きずな」と「ほだし」と二つの読み方があり、「きずな」は情愛のこもった関係、「ほだし」は互いの自由を束縛する関係で、束縛なしのきずなはありえないとも著書に記している。
「新しい“やさしさ”では、絆は成り立ちませんが、たとえ人間関係が濃密ではなくなって、多少さびしい思いをすることになっても、波乱のない方を選ぶのでしょうね」
そうした関係のあり方を、著者はいまは必ずしも否定的には見ていない。
だが、人はそれで本当に満足を得られるのだろうか。
「私自身旧世代ですからその疑問は分かりますが、社交技術の、一つの洗練、発展と見ることもできると思います。
ただ旧来の語法では身体的なもの抜きの人間関係はありえなかったのですから、つい人の気持ちに立ち入ってしまうことはある。
不器用な人には“やさしさ”はかえって窮屈さを伴うでしょう。
若い人にも、そういう人はいます。
ネット上でも、画面のなかのつき合いではあきたらず、実際に『会う』という身体化を求める人がいて、まれに事件につながることもある。
大半は相手に介入することなく上手にこなしていますけれど」
やさしさの変容を、栗原氏はつぎのように分析している。
団塊以来の世代の移行とともに、
「創建期の闘うやさしさは、管理社会の圧力下を大事なものを抱えて逃走し続けるやさしさに変り、他者に向けられた行為としてのやさしさから心情としてのやさしさに移行し、また「私たち」の間のやさしさからしだいに「私」一個のやさしさへと追いつめられていった」
と。
著者は、縫いぐるみを、やさしく、裏切らないペットとして大事にしている青年の話を究極の“やさしい”関係として著書に紹介した。
やさしさがなお時代のキーワードだとしても、不況、リストラと無傷でいることが難しい時代のなか、そうした関係も「ある種の限界に達しつつある印象」を抱いているという。

[ 教訓 ]
「やさしさ」の世代間ギャップ。
どちらのやさしさも相手に気を使う点は同じ。
でも、やっていることは正反対。
いままでのやさしさは、
1.困っているときは、人に相談する。
2.相談された人は、いろいろ話しながら相手の気持ちを察して自分のことのように理解する。
そのためには、相手の心の中に深く入り込む必要がある。
言葉が一番大切。
話し合うことで、心が通じ合い、一体感が得られる。
これは灰谷健次郎のやさしさと同じ。
では、新しいやさしさとは何か?
親に心配をかけないようにする。
それには、本当に悩んでいることは、親には相談しない。
上司から注意されると、黙ってしまう。
何か言うと相手を傷つけると思うため。
相手の心にあまり深く入り込まないように気を使う。
ということは、自分の心に深く入り込まれることを嫌う。
傷つくのを恐れる。
相手を傷つけないように気をつかっている。
でも、相手はこう思っているに違いないと決め付けてしまう面もある。
一番のやさしさは、沈黙。
言葉はときには邪魔。
私もどちらかというと新しいやさしさのほうが分かる。
でも、北村薫の「くらげ」(水に眠るに収録)や、宮部みゆきの「人質カノン」のようになったら怖い。
谷村有美の「しあわせの泣きぼくろ」にも、肝心なときは言葉にしなければいけないとあった。
誰しも苦手なことである。

[ 結論 ]
70年代「やさしさ」という言葉がクロース・アップされる。
~それまでは、優美さ、女性らしいこまやかな神経。
「男もやさしくなければ」
80年代:どんな男性が理想的か?→「やさしい人 。」
90年代:「やさしさ」の意味が変化した。
ホットな「やさしさ」からクールな“やさしさ”へ。
ホットなやさしさ=共同体から離れた個人の傷つきを互いにいたわる。
クールなやさしさ=傷つかないように距離をとり、そっとしておいてあげる。
「甘え」が自覚された契機は欧米文化との出会い。
すでに日本的な以心伝心のコミュニケーションが崩れつつあった時代。
家族共同体と地域共同体からの離脱が志向されるなかで、大げさな身振りの「やさしさ」が求められる。
「こうすれば相手はこう思うだろう」という思いやりの共通了解も崩れる。
「自分がいいと思っても相手はそうとらないだろう」
道徳的行為が成立する文脈そのものが成り立っていない。
残るは、距離をとったうえで自分なりの“やさしさ”を追求。
しかし、単なる自分の都合の正当化になっていたり、自己満足になっている可能性もある。
異論~むしろクールなやさしさのほうが日本古来のやさしさではないか。
著者の『やさしさの精神病理』が出て以来、「やさしさ」は現代の若者を形容する言葉として認知されてきている。
若者だけでない、村山元首相は「やさしい政治」を目指していたし、企業はこぞって「環境にやさしい」商品を売り出している。
しかし、著者をはじめとする何人かの論者らによれば、近年の「やさしさ」は、旧来の傷をなめあうような「ホットなやさしさ」とは異なり、傷つくことを回避する、ときには他人が傷つくのに気づかないふりをしてあげるような「クールなやさしさ」である。
それに対して、『万葉集』以来の「やさし」の用例を通覧し、現代のクールなやさしさにも通じるような独特の距離感と演技性を含んだ「思い―遣り」としての「やさしさ」が、日本の精神史の基底にあるという。
主な内容をあげてみると、「対象を前にしたやせ細るような小ささ」―「恥ずかしさ・つつましさ・けなげさ」―「恥と優美の混合」―「素直さ・安易・無造作の派生」―「物静かさ・尚古趣味」―「心の美しさ(美的用語でありかつ倫理用語)」―「その場にふさわしい機知に富んだ対応・気働き・心遣い」―「自己犠牲をも含んだ思いの深さ」―「情け深さ・思いやり」―「他人への心遣いから嘘でも良く言い続けるようなやさしさ」などなど。
こうした「やさし」という言葉をめぐる倫理的伝統は、「誠」「清明心」「正直」などのホットな倫理の伝統に隠れて、これまであまり注目されてこなかった。
ホットな倫理とは、心情の純粋性において全力で他者や共同体に関わろうとする自他の一体感と距離の排除を目指した「べったり」とした「甘え」の倫理である。
「やさしさ」は、それとは異なり、自他の距離感を前提としながら、その場に応じた適切な振る舞い――ときには嘘をも含む――によって他者と関わろうとするクールな倫理なのである。
さらにこうした「やさしさ」の倫理に対するさまざまな哲学的考察をする中で、そこにある種の宗教性が見て取れる。
それは、あらゆる生命と通いあい共振しあうような共生の感覚と、そのなかでのエゴイズム、情けなさ、恥ずかしさ、弱さ、傷への鋭敏な感覚、つまりある種の無常観、そしてそこから発する透徹した「いとおしさ」の感覚である。
それは、閉じた共同体を形成するホットな倫理とは異なり、人間の普遍的様相へのまなざしという超越的契機を含んだものである。
やさしさの領域を、『万葉集』から「尾崎豊」へと多岐にわたって考えていくなかで、「やさしさ」に込められている意味はさまざまであり、ときにはまったく正反対と思われるものもある。
そこから統一的定義を引きだすのには無理がある。
とくに「ホットなやさしさ」と大平健によって称された旧世代のやさしさは、「誠」や「甘え」系統の倫理そのものではないか。
また、そうしたホットなやさしさの観点から現代のクールなやさしさを危惧する論調をもっと真剣に受け止めるべきではないか。
もっと大きな見方をすれば、「やさしさ」はホットにもクールにもなりうるもので、距離感と一体感とのあいだを往還する感情なのではないか。
実際、「共生」「無常観」「いとおしさ」といった各契機は、本来的一体性、その疎外、関わりの回復としてまとめられるのではないか。
だが、クールなやさしさの負の側面への批判が目立つ昨今の状況のなかで、クールなやさしさの積極的側面を発掘しようとする作業は、新しい「やさしさ」世代にとっては、真正面からの批判よりも大きな教育的効果を持つものかもしれない。
「大人って分かっていないみたいだけど、親から小遣いをもらってあげるのも、好きでなくても結婚してあげるのも、電車で老人に席を譲ってあげないのも、質問に黙りこんで返事をしないのも、みーんな私たちがやさしいから、」
ロングセラーである本書の帯にある言葉である。
精神科医である著者は、近ごろ相談室を訪れる若い人達と自分が持つ常識とのズレを感じとっていた。
ある少女は、「通学途中の電車内で、自分の前に立ったおじいさんを年寄り扱いしては悪いという“やさしい”思いから、寝たふりをしていた」と語る。
またある若者は「仕事でミスをした時に、それを叱る上司の叱り方が気に入らなかったけど“やさしさ”から黙って聞き流していたら上司がますますおこってしまって困りましたよ。
ホント、こちらの気持ちも知らないで」。
「自分も相手も傷つけないこと」
「やさしさ」が人を評するときの大きな価値となったのは1970年代初めの頃からであろうか。
当時の「やさしさ」は、人間関係において相手に配慮をし、相手の気持ちをくみとり、一種の連帯感を築くことを言っていたと思う。
それを形にしたのはドラマ『俺たちの旅』ではないかと思う。
それに対して今、蔓延している“やさしさ”は、端的に言えば「自分も相手も傷つけないこと」なのだそうである。
一見まっとうなことと思える。
しかし傷つけない、傷つかないための第一の方策が相手の気持ちに立ち入らないこと、と言われると、あれ、と思わざるをえない。
人はそれぞれいろいろな価値観を持っているのだから(どんな価値観を持っているのかわからないのだから)、傷つけないためには相手の内面には立ち入らないことが“やさしさ”なんだ、というのである。
連帯とはもっとも遠いところにあるのが、“やさしさ”。
しかしその前提の上で自分の価値観に基づいて人と接しようとすると、そこから生れる行為は、本人にとっては思いやりであっても客観的には勝手な思い込みでしかなくなってしまうと感じる。
また、価値観の多様な時代といわれて久しい。
そこで求められるのが、異なる価値観を尊重することである。
が、長く同質性を尊しとしてきた私たちの社会習慣から彼らは、違いを認めながらもなお、それをあいまいにしておくことが即ち「尊重する」ことなのだと判断してしまったのかもしれない。
であるから価値観の違い(というより、たんなる思いのズレ)が際だってしまった場面に遭遇すると、ことさらに「傷ついた」思いを受けてしまうこととなってしう。
また、相手の内面に立ち入らない“やさしさ”は、そっくりそのままイジメを黙認する土壌となる。
「あいつだってイジメられて楽しんでいるかもしれないじゃない」という言葉を聞いたことがある。
“やさしさ”という言葉で自分を正当化したとき、“やさしさ”は戦場での鎧と化しているのであろうか?

[ コメント ]
「傷つける」「傷つく」ことを忌避するあまりに人と深い言葉をかわさない“やさしさ”は、自分はうまくやればそれらを生む「関係」から逃げ通せるとの思いと一体になっていると思う。
しかし、仏教が教えるところでは、自分だけは「傷」とは無関係・無縁でいられると思うのは錯覚であり慢心にすぎない。
「傷つける」「傷つく」ことのないところには本当の生はない。
傷をただマイナスのものとして認識をするところから生れる“やさしさ”は、むしろ傷を実体化し固定化するものである。
しかし一見傷のように見えても、脱皮の予兆だったりすることもある。
転ぜられていく可能性をはらんでいないものなどない。
それは、仏教が第一に示していることである。

9.参考記事

<書評を書く5つのポイント>
1)その本を手にしたことのない人でもわかるように書く。

2)作者の他の作品との比較や、刊行された時代背景(災害や社会的な出来事など)について考えてみる。

3)その本の魅力的な点だけでなく、批判的な点も書いてよい。ただし、かならず客観的で論理的な理由を書く。好き嫌いという感情だけで書かない。

4)ポイントを絞って深く書く。

5)「本の概要→今回の書評で取り上げるポイント→そのポイントを取り上げ、評価する理由→まとめ」という流れがおすすめ。

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【新書が好き】社会的ひきこもり
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