【新書が好き】科学者という仕事
1.前書き
「学び」とは、あくなき探究のプロセスです。
単なる知識の習得でなく、新しい知識を生み出す「発見と創造」こそ、本質なのだと考えられます。
そこで、2024年6月から100日間連続で、生きた知識の学びについて考えるために、古い知識観(知識のドネルケバブ・モデル)を脱却し、自ら学ぶ力を呼び起こすために、新書を学びの玄関ホールと位置づけて、活用してみたいと思います。
2.新書はこんな本です
新書とは、新書判の本のことであり、縦約17cm・横約11cmです。
大きさに、厳密な決まりはなくて、新書のレーベル毎に、サイズが少し違っています。
なお、広い意味でとらえると、
「新書判の本はすべて新書」
なのですが、一般的に、
「新書」
という場合は、教養書や実用書を含めたノンフィクションのものを指しており、 新書判の小説は、
「ノベルズ」
と呼んで区別されていますので、今回は、ノンフィクションの新書を対象にしています。
また、新書は、専門書に比べて、入門的な内容だということです。
そのため、ある分野について学びたいときに、
「ネット記事の次に読む」
くらいのポジションとして、うってつけな本です。
3.新書を活用するメリット
「何を使って学びを始めるか」という部分から自分で考え、学びを組み立てないといけない場面が出てきた場合、自分で学ぶ力を身につける上で、新書は、手がかりの1つになります。
現代であれば、多くの人は、取り合えず、SNSを含めたインターネットで、軽く検索してみることでしょう。
よほどマイナーな内容でない限り、ニュースやブログの記事など、何かしらの情報は手に入るはずです。
その情報が質・量共に、十分なのであれば、そこでストップしても、特に、問題はありません。
しかし、もしそれらの情報では、物足りない場合、次のステージとして、新書を手がかりにするのは、理にかなっています。
内容が難しすぎず、その上で、一定の纏まった知識を得られるからです。
ネット記事が、あるトピックや分野への
「扉」
だとすると、新書は、
「玄関ホール」
に当たります。
建物の中の雰囲気を、ざっとつかむことができるイメージです。
つまり、そのトピックや分野では、
どんな内容を扱っているのか?
どんなことが課題になっているのか?
という基本知識を、大まかに把握することができます。
新書で土台固めをしたら、更なるレベルアップを目指して、専門書や論文を読む等して、建物の奥や上の階に進んでみてください。
4.何かを学ぶときには新書から入らないとダメなのか
結論をいうと、新書じゃなくても問題ありません。
むしろ、新書だけに拘るのは、選択肢や視野を狭め、かえってマイナスになる可能性があります。
新書は、前述の通り、
「学びの玄関ホール」
として、心強い味方になってくれます、万能ではありません。
例えば、様々な出版社が新書のレーベルを持っており、毎月のように、バラエティ豊かなラインナップが出ていますが、それでも、
「自分が学びたい内容をちょうどよく扱った新書がない」
という場合が殆どだと思われます。
そのため、新書は、あくまでも、
「入門的な学習材料」
の1つであり、ほかのアイテムとの組み合わせが必要です。
他のアイテムの例としては、新書ではない本の中にも、初学者向けに、優しい説明で書かれたものがあります。
マンガでも構いません。
5.新書選びで大切なこと
読書というのは、本を選ぶところから始まっています。
新書についても同様です。
これは重要なので、強調しておきます。
もちろん、使える時間が限られている以上、全ての本をチェックするわけにはいきませんが、それでも、最低限、次の2つの点をクリアする本を選んでみて下さい。
①興味を持てること
②内容がわかること
6.温故知新の考え方が学びに深みを与えてくれる
「温故知新」の意味を、広辞苑で改めて調べてみると、次のように書かれています。
「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」
「温故知新」は、もともとは、孔子の言葉であり、
「過去の歴史をしっかりと勉強して、物事の本質を知ることができるようになれば、師としてやっていける人物になる」
という意味で、孔子は、この言葉を使ったようです。
但し、ここでの「温故知新」は、そんなに大袈裟なものではなくて、
「自分が昔読んだ本や書いた文章をもう一回読み直すと、新しい発見がありますよ。」
というぐらいの意味で、この言葉を使いたいと思います。
人間は、どんどん成長や変化をしていますから、時間が経つと、同じものに対してでも、以前とは、違う見方や、印象を抱くことがあるのです。
また、過去の本やnote(またはノート)を読み返すことを習慣化しておくことで、新しい「アイデア」や「気づき」が生まれることが、すごく多いんですね。
過去に考えていたこと(過去の情報)と、今考えていること(今の情報)が結びついて、化学反応を起こし、新たな発想が湧きあがってくる。
そんな感じになるのです。
昔読んだ本や書いた文章が、本棚や机の中で眠っているのは、とてももったいないことだと思います。
みなさんも、ぜひ「温故知新」を実践されてみてはいかがでしょうか。
7.小説を読むことと新書などの啓蒙書を読むことには違いはあるのか
以下に、示唆的な言葉を、2つ引用してみます。
◆「クールヘッドとウォームハート」
マクロ経済学の理論と実践、および各国政府の経済政策を根本的に変え、最も影響力のある経済学者の1人であったケインズを育てた英国ケンブリッジ大学の経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉です。
彼は、こう言っていたそうです。
「ケンブリッジが、世界に送り出す人物は、冷静な頭脳(Cool Head)と温かい心(Warm Heart)をもって、自分の周りの社会的苦悩に立ち向かうために、その全力の少なくとも一部を喜んで捧げよう」
クールヘッドが「知性・知識」に、ウォームハートが「情緒」に相当すると考えられ、また、新書も小説も、どちらも大切なものですが、新書は、主に前者に、小説は、主に後者に作用するように推定できます。
◆「焦ってはならない。情が育まれれば、意は生まれ、知は集まる」
執行草舟氏著作の「生くる」という本にある言葉です。
「生くる」執行草舟(著)
まず、情緒を育てることが大切で、それを基礎として、意志や知性が育つ、ということを言っており、おそらく、その通りではないかと考えます。
以上のことから、例えば、読書が、新書に偏ってしまうと、情緒面の育成が不足するかもしれないと推定でき、クールヘッドは、磨かれるかもしれないけども、ウォームハートが、疎かになってしまうのではないかと考えられます。
もちろん、ウォームハート(情緒)の育成は、当然、読書だけの問題ではなく、各種の人間関係によって大きな影響を受けるのも事実だと思われます。
しかし、年齢に左右されずに、情緒を養うためにも、ぜひとも文芸作品(小説、詩歌や随筆等の名作)を、たっぷり味わって欲しいなって思います。
これらは、様々に心を揺さぶるという感情体験を通じて、豊かな情緒を、何時からでも育む糧になるのではないかと考えられると共に、文学の必要性を強調したロングセラーの新書である桑原武夫氏著作の「文学入門」には、
「文学入門」(岩波新書)桑原武夫(著)
「文学以上に人生に必要なものはない」
と主張し、何故そう言えるのか、第1章で、その根拠がいくつか述べられておりますので、興味が有れば確認してみて下さい。
また、巻末に「名作50選」のリストも有って、参考になるのではないかと考えます。
8.【乱読No.46】「科学者という仕事 独創性はどのように生まれるか」(中公新書)酒井邦嘉(著)
[ 内容 ]
多くの研究者には、共通した考え方や真理に対する独特のこだわりがある。
アインシュタイン、ニュートン、チョムスキー、朝永振一郎、キュリー夫人らが残してくれた、真理を鋭く突き、そして美しい言葉を手がかりに、独創性がどのように生まれるかを考えてみよう。
科学者という仕事を通して科学研究の本質に触れることは、「人間の知」への理解を深めることにつながるだろう。
第一線の研究者によるサイエンスへの招待。
[ 目次 ]
第1章 科学研究のフィロソフィー―知るより分かる
第2章 模倣から創造へ―科学に王道なし
第3章 研究者のフィロソフィー―いかに「個」を磨くか
第4章 研究のセンス―不思議への挑戦
第5章 発表のセンス―伝える力
第6章 研究の倫理―フェアプレーとは
第7章 研究と教育のディレンマ―研究者を育む
第8章 科学者の社会貢献―進歩を支える人達
[ 発見(気づき) ]
第3期科学技術基本計画(2006年~2010年)では、
「モノから人へ、機関における個人の重視」
がうたわれ、研究は人(個人)が行うものであることが強調されている。
その一方で、データのねつ造だ、研究費の不正使用だと、「研究者」を巡るよからぬ話題も世界的ににぎやかである。
ところで、科学とは、研究とは、そして研究者とは何だろうか?
科学の神髄である独創性とは、どのようにして生まれるのだろうか。
科学者という仕事を通して科学研究の本質に触れることは、「人間の知」への理解を深めることにつながるという。
本書は、科学技術創造立国が叫ばれる中で若者の理科離れが懸念される現在、さまざまな形で科学技術にかかわっている人や科学に関心を持っている人に、おすすめの1冊である。
しかし何よりも、現在研究を行っている者、とくに若手の研究者にとって、自らの今を問い直し、今後を考える上で、必読の書と言えよう。
全7章からなり、各章はアインシュタインほか、科学を築いてきた人たちの言葉から始まる。
第1章 科学研究のフィロソフィー -知るより分かる:
研究者の仕事は、人のやらないことをやり、人の考えないことを考える、ということである。
そして実際の科学とは、事実の足りないところを「科学的仮説」で補いながら作り上げた構造物であり、非常に人間的なものである。
第2章 模倣から創造へ -科学に王道なし:
研究の方法、そして、研究者としての成長を説く。
研究者としての第一歩は、「どのように研究するか」であり、幅広く科学の知識を吸収し、研究の仕方や考え方を確実に模倣した上で、創造的な研究に進む。
第3章 研究者のフィロソフィー -いかに「個」を磨くか:
研究者になる上でもっとも大切なことは、「個」に徹することであり、革新的な発明・発見は個人的になされることが多い。
研究者は、自己と向き合い、自分の天分を冷徹に見定めなければならない。
「研究者は・・・人生のレースは才能で勝負しているように見えるが、実は最後は才能のない部分をいかにカバーできるかが肝心で、本当は「ない才能で勝負」している」という説明は、現代の研究者という職業の本質を言い得ているようで、面白い。
第4章 研究のセンス -不思議への挑戦:
意外性のないところに発見的な価値はない。
インパクトのある意外性の体験、現象の繰り返しの観察を通じ、思いつきから科学的な仮説へと続く。
研究者にとってとくに大切なのは考えることであり、そのためには、常に新しいアイデアを渇望するようなハングリー精神、精神的な飢餓感が必要である。
第5章 発表のセンス ―伝える力:
科学研究は “Publish or perish.” と言われ、論文発表をしなければ消滅するしかない。
研究そのものは自己本位であるのに対し、研究発表のフィロソフィーは他人本位に徹することであり、人に伝える力を磨くことが研究発表の基本的センスである。
論文作成は、査読者による批評に意味があり、一つの論文が完成するまでには、山あり谷ありのドラマを味わうことになる。
第6章 研究の倫理 -フェアプレーとは:
研究の世界も一般の人間社会と何ら違いはなく、利益、名声、ライバル心などの要素が研究者間の競争の火種になりうる。
科学が社会的な信頼を維持できるかどうかは、基本的に研究者一人一人の良心にかかっている。
第7章 研究と教育のディレンマ -研究者を育む:
自律した新進の研究者を育てることはとても難しい課題である。
人を育てるのはあくまでも人である。
第8章 科学者の社会貢献 -進歩を支える人達:
科学の倫理は人間の文化や社会・宗教観、イデオロギーによって左右される。
科学における革新的な発見や仮説は、一般の社会や思想、宗教観にも多大な影響を与えてきた。
市民も科学の進歩を支える人達であり、その意味で研究者と市民の対話がとても大切になっている。
[ 問題提起 ]
科学者とはなんぞや、科学者とはどうあるべきか、ということが簡潔にしかし内容濃く書かれている本である。
「創造から模倣へ」「研究の倫理」など、各章に表題を付けた上で、ある科学者1人の代表的な言葉と、その人物の紹介と、著者の考えで構成されている。
アインシュタインからニュートン、ダーウィン、朝永振一郎や寺田寅彦など、その研究者のことを知らなくとも、初めに非常に簡潔にそしてエッセンスの詰まった紹介があるため、誰でも読むことができる。
例えば、ニュートンの業績を紹介しそこから著者は、
「すぐれた創造力も模倣なくしては成り立たない。
しかし、模倣だけでは決してサイエンスにならない。
サイエンスは新しい知の創造に他ならないからである。」
というように書いている。
本書に紹介されている科学者の中でも、私が印象的だったのは、マリー・キュリー(キュリー夫人)だ。
「放射能」の研究に全力を捧げ、被爆しながら実験を続けたという。
アインシュタインは彼女のことを指して「マリー・キュリーは、すべての著名人の中で、自身が得た名声によって堕落しなかった唯一の人である」と言ったそうだ。
科学者たちが繰り広げる壮大なドラマに心躍らせながら、興味深く読み進めた。
また、授業では、本論よりも、余談として語られる偉人のエピソードの方が、強く印象に残ることがある。
この本は各章が、偉大な科学者の名言と逸話で始められている。
アインシュタイン、ニュートン、チョムスキー、朝永振一郎、寺田寅彦、ラモン・イ・ハカール、ダーウィン、キュリー夫人。
この本は、科学とは何か、研究とは何か、そして科学者とはどのような仕事か、を第一線の研究者である著者が、研究者を志す人たちに向けて講義する内容。
科学者としての創造性に焦点があてられている。
研究発表の心構えについて触れた章が、個人的に参考になった。
例えば、セミナーや授業で何かを話すとき、何を話すかは大抵、あらかじめ決まっている。
問題はどう話すかなのだけれど、前提として、どこから話すか、の問題があるよな、と思っていた。
あまりに基礎的なレベルから話すと、専門家の聴衆は退屈だろうし、逆に専門外の聴衆はついていけなくなってしまう。
話すものはどのような態度でのぞめばいいのか。
[ 教訓 ]
この本では発表のコツとして、1に正しく、2に分かりやすく、3に他人本位で話せ、とある。
3つ目に関連して、M・デルブリュックによる良い研究発表の条件が紹介されていた。
1 聴衆は完全に無知であると思え
2 聴衆は高度な知性をもつと考えよ
そして、その改良版の「堀田の教え」も大切という。
1 聴衆は完全に無知であると思え
2 聴衆の知性は千差万別であると思え
3 聴衆がおのおの自身より一段上のレベルまで理解できるようにせよ
3について解説を引用。
「よく考えてみると、聴衆の中に知性の低い人がいるかもしれないなどと心配する前に、話をする自分より賢く知性の高い人がいることが予想されるのである。
その人も講演に触発されて、話をする人よりもさらに高いレベルに達するようにすべきなのである。
それでこそ話をする意味があるのである。
あとでその人からのフィードバックを受けることによって講演をした自分も新しい理解に到達できれば、真のコミュニケーションが成立したことになるのである。」
基本からわかりやすくは当然として、自分よりも上の人にも、新しい発想の材料を提供できるようにせよ、とのこと。
なるほどねと深く納得。
ところで研究者向けの”人生ゲーム”を人工知能学会が開発したそうだ。
ゲームをしながら研究者の人生をシミュレーションできる。
資金やポストの獲得競争のような要素があるらしい。
今度、やってみたいものであるが販売されているのか?
この本についている帯が面白い。
問題1)何かおもしろい問題を考えよ。
問題2)問題1で作った問題に答えよ。
これが解ければ、あなたも研究者
一度でも、テストを作った経験がある方なら実感値があると思うが、問題作成は意外に大変である。
知識の有無を確かめる形式のテストであれば、それほど苦労はないかもしれないが、「面白い問題」となると多方面からの熟考が必要となる。
研究をすること(あるいは論文を書くということ)はまさしくこれである。
[ 結論 ]
「「自己本位」の重要性に気づくのに精神的な成熟を必要とし、しかもそこに到達する道が険しいのは、自己とはじめて直接向き合う時に誰もが味わうであろう、「恐怖感」のためではないだろうか。
これは、誰も他に助けてくれない「孤独」という境遇への不安であり、自分の天分を冷徹に見定めなければならないことへの恐れであり、そして「自己」という、いわば底の見えない井戸をのぞき込むような行為への本能的な忌避感である。
自分の強さを過信する人は自分の弱さを知ろうとせず、自己に向き合う時に目をつぶるしかなくなる。
他人に自分を認めてもらいたいという気持ちは自然な願望である。
しかし、他人の評価という極めてあやふやな基準のもとに自分の評価をゆだねて良いものだろうか。
自分に対する家族からの評価は甘くなり、ライヴァルからの評価は厳しくなりがちだ。
教師にも、ほめて育てるタイプと叱咤激励するタイプとの両方がある。
だから、他人の評価に一喜一憂してもしかたがない。
自分で本当に良いと思える仕事を残すことが大切で、評価は二の次なのだ。冷静に突き詰めて考えれば、自分を正当に評価できるのは自分しかいないはずである。
その明白な事実に目をそらさずに向き合うことができるかどうか、自己本位を貫くことは決してやさしいことではない。」(80~81ページ)
ちょっと長い引用になってしまった。
研究者というのは孤独・孤高である、という話の中で語られたものであるが、そういった文脈なしでもドキッとするような見解ではないだろうか。
研究というのは、偶然やまぐれのような事態(その多くは失敗と思われた事態)から思いがけない大発見につながるということがある。
そういうのを”セレンディピティ”(serendipity)という。
しかし、そうした偶然はただの偶然ではない、と数年前にノーベル賞を受賞した田中耕一氏の次の言葉を引いている。
「このように偶然を積み重ねて大きな発見をすることができたのは、私が毎日こつこつと実験を積み重ねてきたから、いつもとちがう現象が起きたときに、それを見過ごすことなしに、「あ!これは」と、ピンとくるものを感じることができたからだともいえます。」
日頃の積み重ねが大事ということである。
研究とともに教育に関しても示唆的な話がある。
「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」というたとえを示した上で、次のようなことを述べている。
「すぐれた科学の先生は、科学の楽しさと苦しさの両方を知っている。
よく練られた科学教材は、科学の楽しさを感覚的に伝えるのには成功するが、その楽しみがごく短期的なものに終わってしまったり、すぐに結果が出ないようなテーマを避けるようになってしまっては残念だ。
学生を科学の水辺へ誘って、科学を行うための長期的な動機づけを与えるためには、科学の苦しさからいかに楽しさを見つけていくかをうまく伝える必要がある。
また、授業を分かりやすくするように努力するのは大切だが、すべてを余さず説明すれば良いというわけではない。
教育のサービス過剰もまた、「過ぎたるは及ばざるがごとし」なのである。
高校生の時、物理の最初の授業で衝撃を受けたことを私はよく覚えている。
その時先生が、「物理は自分で考えないと分からないから、できるだけ授業では説明しないようにします」とおっしゃった。
うまく水辺まで誘ったら、最後に水を飲む自由や楽しみを残しておくことが大切なのである。
科学教育は、自分で考えるチャンスを与えるものでなくてはならない。」(224ページ)
それがそんなに簡単にはできないんだっ!と心の中で叫んでもみてもしかたがないので、今後も努力を続けるしかない。
このところ不正や論文捏造事件が相次いでおり、研究者コミュニティ全体の品性とモラルが問われている。
基本的に、研究者一般については、性悪説的な観点から見ている。
どの世界にも「権力好き」はいるので、権力=お金である以上、いつでもこうした図式は表面化する。
天才軍師・太公望も著書とされる本で人間観察の方法を述べているが、そのうちの一つに、「財産を与えてみて、その振る舞いを見よ」、と看破している。
研究費の不正などは、下の下の下ということになるのだろう。
思うに、研究者(人間一般?)には2通りしかない。
名前を歴史に刻むことを目指す人。
発明、発見、あるいは論文や著書などを出版し、半永久的に自分の存在、業績を人類史に残そうとする(あるいは結果的に残る、残せる)人だ。
2番目は、権力構造に自らを嵌め込んでいく人である。
経済的にも、権力的地位にも、敢えて競争も辞さない人である。
後者は、ビジネス界にも多いが、前者は、実よりも名を文字通りとる人である。
所詮、死ぬまでにお金を溜め込んだ所で、死んだら終わりである。
そもそも必要以上に溜め込む意味がない。
それよりも名前を人類史に刻み込んでいくことの方が、端的に言って、遥かに価値があると私は思っている。
良く周囲にも言っていることだが、受験競争・メリトクラシーの大競争を勝ち残った所で、後者に流れていけば、ひたすら働かされて終わりだ。
金がなければ人間らしく死ねないというが、ひたすら働かされていることが人間らしい生き方であったと胸を張って言えるのか?
死んだ後に戸籍から斜線を引かれ、存在していた事実をディレートされて終わりである。
財産があったとしても課税されて大半は納税に終わる。
何も残らない。
どうせ人間はどんな生き方をしようが、最後は死ぬ。
自分の評価は自分で決めるのであって、他人が決めるのではない。
地位やお金ではない。
よほど、自分の業績を自ら人類史に刻む行為の方が、研究者らしくて良い。
研究者はそもそも、後者になるのが厭だが、かといって前者をひたすら目指すというわけでもないという人は多いのだろう。
そのため、科学技術分野では、皆で尻を叩くようにして、競争競争と研究費などを獲得させたり、知財を発掘させたりと手練手管を尽くす。
ただ、研究費はほぼ皆無でも業績をあげてきた人はいた。
研究費がないと研究が出来ないというのは、ありえない。
無くても出来る研究、世界的業績をあげられるテーマは幾らでもある。
研究テーマの選び方自体も既に前者志向か、後者志向かが見え隠れすることもある。
自ら望んで(周囲や上司から実力を認められるなどして引き上げられるのではなく)、必要以上に権力的地位に登る・近づきたがる人、人間関係の中核に座りたがる人は、まず、後者である。
研究者が人間関係にはしったら、研究者として終わっていると陰口を叩かれるのと根は一緒なのだろう。
そういう人は結構周囲に散見するが、適度に距離を保っておかないと、こういう時に巻き添えを食うことだろう。
天才軍師・張良や、太公望、孔明の言動が、良い教訓になっている、今日この頃である。
それと、”知”と”分けること”が大切である。
”学び”の一歩は知ること。
”科学”の一歩は分けること(となぜを問うこと)。
”自立”の一歩は生きること。
「分ける」というのは、科学的認識(概念を得るとか定義するとか)にとって大事である。
本書に次のような叙述がある。
「科学者をめざすためには、まず科学(サイエンス)が何であるかを正しく知る必要がある。
サイエンス(science)の語源はラテン語で「知識・原理(scientia)」で、「分ける(scindere)」ことに関係している。日本語でも、「分かる」という言葉が「分ける」や「分かつ」と関係しているのは興味深い。科学で「分かる」と言う場合、確かに対象となる自然現象を分けながら理解しているつまり、「個々までは分かる、ここから分からない」という線を引き、少しずつ分かる部分を増やしていくのが科学研究だと言える。」(18ページ)
ということで、分けることについて考えてみると、人類の知は”分ける”ことで発展してきた。
そして、分けると同時にそのことによって世の中のすべてを知り尽くしたいという欲求の強さを感じる。
とはいえ、最初から現代のような知の到達点にはない。
その発展の歴史は、知の発展や歴史や文化の発展と大いに関係がある。
アリストテレスの動物分類も、もっとも大きな分類は「有血動物」と「無血動物」の二種類になっている。(その下位分類は現代にも通ずる分類になっている面もあるが)
実際にそこに存在する動物や植物の分類(博物学)から、人間が考えたりした抽象的な”概念”なども分類されるようになるにいたり、”百科事典”が編纂されるようになっていく。
それも最初は”天・地・人”などが基本になり、その背景に宗教や社会制度(たとえば封建制)などが大きく影響を与えていることもよく分かる。
しかし、その膨大な知をまとめ分類する作業は気の遠くなるようなものであったであろうし、ものによっては何百巻にも及ぶものになっている。
その知の営みには恐れ入るばかりである。
飽くなき知への興味がなせる業とはいえ、すごい。
感じるのは、分類とは、一つの世界観であるということである。
プリニウスの『博物誌』も、『百科全書』も、『四庫全書』も、それぞれ一つの小宇宙をつくっていた。
それらは、自分だけの宇宙をつくろうという壮大な試みだったのである。
しかし、現代はこうした試みが困難な時代であると思う。
現在の知の状況はといえば、ますます学問は細分化しており、ルネサンス人のような万能人は生まれにくくなっている。
[ コメント ]
インターネットは情報の量において、おそるべき勢いで成長している。
ネット世界では、調べものをするのに分類など必要としない。
検索エンジンですぐさま必要な情報源にアクセスすることができるからだ。
はたして、新しい「知」の体系を構築することができるのか。
それが私たち一人ひとりに与えられた課題だろう。
私たちは、日々、雑学的な知識にさらされている。
だが、たとえ雑学であったとしても、それを分類し、体系立てるひとつの「知」の宇宙ができることを、百科事典の歴史で見てきた。
大切なのは、いかに独自の分類法をつくるかということだ。
もうひとつ気づいたのは、分類が、勉強法に関係しているということである。
菅原道真や『廣文庫』の物集高見のように、文献を分類整理してカード化することによって、偉大な成果を残した人たちがいる。
これは、現代でも学習するときのヒントとなるだろう。
分類は、一種の記憶術でもある。
だから、一見、難解な学問でも、分類の手法によっては、単純化してとらえることができる。
そのような工夫は可能なはずだ。
効率的な学習法の一つとして、分類術が見直されてもいいのではないだろうか。
要は、”知る”ために”分ける”ということが大事だということである。
9.参考記事
<書評を書く5つのポイント>
1)その本を手にしたことのない人でもわかるように書く。
2)作者の他の作品との比較や、刊行された時代背景(災害や社会的な出来事など)について考えてみる。
3)その本の魅力的な点だけでなく、批判的な点も書いてよい。ただし、かならず客観的で論理的な理由を書く。好き嫌いという感情だけで書かない。
4)ポイントを絞って深く書く。
5)「本の概要→今回の書評で取り上げるポイント→そのポイントを取り上げ、評価する理由→まとめ」という流れがおすすめ。
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