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『満ち欠けワンダーランド』09.濃い故意


「どんな大人になってるかなあ」
 あの日に置いてきた宝箱の中身は空っぽで埃塗れ、どうも盗まれたようだが一体、何が入っていたかも思い出せなかった。
 父に窘められた母は体調不良を訴えて寝込む傍ら、俺のせいだと〈呪い〉をかける。最早それによって傷を負うことはなく、着替えて小ぶりの鞄にしっかりモバイルバッテリーを入れた。


 仲間と(ほぼ)現地集合のプランで遊園地へ。
 前以ってムギに『ゾノと話す時間をください』と頼まれるも、感動の再会シーンはどこへやら、絶叫マシンが好きな彼らは早くもコンビを組んだ。
 身長は兎も角、素材を活かした薄化粧で、伸びた髪をウルフカットに、大きめなスウェットの首元や裾からストライプシャツが覗き、斜め掛けはコンパクト、緩いデニム、クリアソールのスニーカーを履く姿は目を奪い、
「ねえ、顔良くない?」
「隣に居るの男だよね。あれ、どっち」
 意図せず話題となってしまう。「悩んだムギの耳に届きませんように」と祈った。


 一方、昔ゾノと揉めて今回の参加を渋ったオッくんはグリーンのカーディガンが印象的で、スマートフォン片手に
「デートだと思われたら困るし、僕が釘刺しとこ」
 何らかのメッセージを送る。ふたりがこのジェットコースターに乗って、戻るまで俺達は静かに近くで待つと決めた。叫び声が聞こえ、学生らしきグループも騒がしく通り過ぎる。
『アーリーの彼女』
あらぬ誤解を受けて、舞台に暗雲が垂れ込めた。

【 】

「久しぶり」
 満面の笑みを見せられて言葉に詰まる。夜通し重ねたシミュレーションが忽ち吹っ飛び、狼狽えた。
 彼はいつも人気者で天才と持て囃され、引っ切りなしに愛の告白、断らず全員と順番に交際していた。驚き呆れつつ親友気取りで行動を共にする。「こむぎちゃんには有馬と奥くんが付いてるから」とゾノによるムギは対象外アピール〉のおかげで多少疎ましくとも邪険に扱われなかった。これらを利用した私の狡さが、刃物の如く突き刺さる。


 高い声、丸みを帯びた体など要らない、当時はゾノになりたくて、違和感の正体も知りたかった。嘘で恋人の座を勝ち取り、
「女の子なら誰でもいいんでしょ」
と迫ったが
「拗ねんなよ。俺のこと大好きじゃん、あーかわいー!」
 抱き締められて、ゼロ距離での甘いムードに虫唾が走る。その場で別れた上に高校中退、田舎を出て行き(家族の理解が得られなかった為に)、彼を遠ざけた。

 我ながら最低だと思う。至る所で咎められ、痛い目に遭い、猛省する。
「……傷付けてごめんなさい。ホントは二度と、会わない方が……」
 紆余曲折を経て答えに辿り着く。アーリーは優しいけれども、かつて私を信じ、庇ったオッくんとはやや溝ができた。
 少しずつ列が進み、ストーリーの続きを考える。ゆっくりと上昇し、絶景を楽しませて急降下、激しいアップダウン、不安定、回ったり曲がったり、案外すぐに終わって拍子抜け、待ち時間より短いスリルを味わう度胸があるならば、伝えられるだろう。


 俯くとゾノに覗き込まれて視線がぶつかった。
「再現すりゃ、こんな感じ? 『嫌われた、両想いじゃねえの』トラウマで宮園は女癖が悪くなりましたーーなんてな。所謂、蛙化とかいうやつか」
「違う。肝心なとこは言い難いから、やっぱ後でにしたい、でも」
 いっそ画面を向ける。恋愛感情の有無と性的欲求についての記事や、背景のメモ、現在は自分を〈私〉として生きる等、「複雑で分からない」も良くて、とはいえ、どう頑張っても気持ちに応えられない理由を明らかにしたかった。

「私、抱かないんだ」
「心ん中ぶちまけてすっきり、元の関係へ。急には無理だろ。あいつらが普通に接してても、試されてた俺にとっちゃ。笑えんわ、ちょっと保留にさせて」

 周囲の冷めた眼差しが「並ぶうちに飽きて痴話喧嘩を始めた」と語る。眉を顰めて押し黙る彼は先程と別人のよう、つい、次々に情報を与えてしまった。
 理想のあらすじ、現実は滅茶苦茶。


 いざ乗り込み、頂上から落ちる寸前に横顔をちらりと見て、胸が張り裂けそうになる。我慢比べ、ノーリアクションのまま合流。
「初っ端えぐい、腹減った」
「じゃ、あそこのハンバーガー食べる?」
 そっちのけでオッくんと買いに行って、状況を察したアーリーだけが私に声を掛け、泣き付くところが嫌、可哀想のループに陥った。
 まるで守られるヒロイン、ゾノの痛みには鈍感なくせに。

「アーリーは弱さを分かってくれる、みんなの。しかも無自覚、恐るべし」
「そんなんじゃないって。あ、やば、帰って来た」

 洟を啜り、高身長の影に隠れ、逃げようとして、やめる。彼らはテイクアウトの軽食を運びながら話し合っていた。
「事実、僕達が勘違いしたくらいだからね。あとは、『仲直りすれば誰かしらに好意を持たれるかも』で、打ち明ける必要があったんだよ、きっと。但し、ムギは焦り過ぎ」
「ばーか」
 再度、瞳に映り、子供っぽい台詞、涙をぐっと堪える。


 私は、曖昧な約束が心の拠り所だった。
 強くなろう。もし数年後の満月をひとりで眺めたとしても生きていけるように。砕けて散らばった欠片を拾い集め、新たな宝箱に〈今日〉の幸せを。
「てか遊びに誘ったのは俺。一先ず水に流しとく」
 ゾノが近寄ってポテトを渡すついでに呟き、しれっと離れた。


★あくまでムギというキャラクターの場合は、です。


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