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『満ち欠けワンダーランド』05.路線


「情報量多いわ。ムギと会った後、オッくんからも連絡来て? んで、話弾んだし久しぶりに東京行こ、ってなるか普通。なんだ、そのフットワークの軽さ。酒呑んで終電ダッシュとか、お前らそういう感じだったっけ?」
 電話越しに聞いた、ゾノのよく通る声が耳に残り『図に乗んな』と(は言っていない)、事ある毎に俺を縛り付ける。

 昔の彼ならば大笑いして、愉快な輪に入りたがるだろう。心のどこかで変わらぬ人物像、幻想を抱いていた。


 オッくんは恋人と別れたばかりで、見事なまでに長文のお悩み相談メールが送られてくる。滲み出る危うさ、気晴らしに誘うと、
『非日常を味わうのはいいかもね。らしくないをしてさ』『うん。大人だからできる遊び』
 思いの外、食いついて話が膨らんだ。会わなかった分、空白を埋めるかの如く、率直に述べると同調はしたが、募る不安と緊張で当日の朝は腹痛に襲われた。
 何しろ普段は地元に籠っている。愛犬がただならぬ様子を察した。出掛け、背後に立つ母の質問攻めに遭い、ちゃっかり土産物のリクエストをされ、最寄り駅へ着く頃には
「二度と実家に帰りたくない」
が頭を占める。


 同県に住んでいてもちょっとした旅となり、新幹線の待合室に向かう途中で
「アーリー」
 爽やかな笑顔とシンプルながら整ったシルエットの服装が視界に飛び込む。落ち着いた雰囲気はあまりにも自分と対照的で腰が引けた。
 一緒に歩くと目立ってしまう。
「さっきお弁当買った、高いやつ。ビールも」
「昼はあっちで食べるんじゃ?」
 ぶら下げた袋を渡される。否応なしに腹の虫が鳴った。


 ここには数年前の嫌な記憶がこびり付いたままだが、オッくんと語るうちに塗り替えられていく。

「姉ちゃんみたいにならないで、しっかり働いて。親喜ばせるなら、あとは結婚かな。義務感と打算、お互いに不純。周りの為に生きてきたけど、僕自身のことは? もっと冒険して転べば、逃げて諦めなきゃ良かった。約束もすっかり忘れて、酷い」

「後悔しないように謳歌する! なんて誓っても絶対はなくて、死ぬ間際には『ああすれば、こうすれば』ぼやいてるよ、所詮。たとえ今が間違いでも人によっては正解、ていう俺は黒歴史製造機。なのに、まだどうにかやれる、と思ってる」

 横浜での暮らし、泣かせた彼女、職を失うと共に売ったカメラ、カビの生えた空っぽな部屋にて蹲り、思考力が衰え、呼び戻された田舎、代々続く会社の非正規雇用、つまり父は。
 血眼で後継ぎに仕立て上げる者が、誰か、分かる。


 相変わらず東京はごった返しの迷宮、看板と案内図に従って進んだ筈が
「逆!」
「あの店やっぱ混んでた」
 本日の予定はホテルランチから始まり(ドレスコードがあり、せめてビシッとキメようと通販で探した〈適切なセット〉は言わずもがな丈が短く、いかにも着慣れていない)、美術館を巡って、夕映えにクルーズと、洗練された贅沢な休みの過ごし方、見送りにムギが訪れ、オッくんと再会を果たした。
「悪い。僕、てっきりアーリーと付き合ってるもんだとばかり。なんか距離近いし」
「友達だよ。私ね、伝えたいことが、」


 迫る終電、語り尽くすには別の機会を設けなければならなかった、酒を飲み過ぎて酔ったせいでもある。
「え、待って。○時○分発の行っちゃった!?」
「嘘だろ、やばい、バスしか」
「落ち着け。何とかイケる。ムギ、また遊ぼ」
 せっかく買ったあれが無駄に? 急きょ変更で残席は? など、慌てふためき、血の気が失せた。

「はあ。カッコ付けたくせにまさかの子供っぽい終わり」
「焦ったー。オッくんが冷静で助かって、ふっ、ありがとね」
 たたらを踏み、安堵の溜息を漏らす。光る汗に、『これこそが醍醐味』と感じる。


 ところが、冒頭でダイジェスト版の如く纏められてしまった。
ロードムービーを台無しにされ、もやもやが止まらない。
 〈ただ、元気か知りたかった〉。こちらとて、ゾノを仲間外れにしたようで無神経だった。しかし、どうもゲームで満月を観たらしく、ムギとオッくんの近況まで尋ねる(たまげた)。


 更には、にこやかに菓子を受け取っておきながら、自室のクローゼットを開けると私服は見当たらず。サイコホラー並みに背筋が凍った。
「新品を揃えましょう」
 母親に内容と相手を告げた上で着飾り留守にした息子は信用に値しなかった、と?
 幾ら家族といえども、無断で踏み入って漁られたら。渦巻く感情や思考、嗚呼、うんざりだ。仮面を被って凌ぎ、ベッドに倒れて瞼を閉じる。


……
…………重要なポイントは口に出さずスマートフォンを使う。
「だから、理解が欲しい訳じゃない。うーん。難しいや、言い表わすの」
「そっか、改めて詳しく調べてみる。要するに現状ムギの中でやっと区切りをつけて、前へ進むにはゾノと向き合わなくちゃダメだって考えてるんだね。正直やめとこ、自己満足。今更、話を掘り返してややこしくすんな、が僕の本音。はい、ごめんなさい。多分あっちとも仲良くできんのはアーリーだけでしょ?」

 複雑な地図が浮かび上がった。道に迷い続け、悪夢に魘される。



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