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『満ち欠けワンダーランド』07.どらま


 指を滑らせていき、状況は把握した。ただ、時間が経つにつれて恨み辛みをぶちまけ、手遅れだ。母の言葉による暴力は今に始まったことではない。
 『ごめんなさい』とメッセージを送るや否や着信、
「あなたね、謝れば済むと思わないで。本当は半日どこで誰と何をしていたの!?汚らわしい」
 耳元で怒鳴られ、ふっとスマートフォンの電源が落ちる(マジかよ)。助かった訳でなく、頼らなければこのターミナル駅から実家までは、頭が真っ白になった。現在、充電ゼロ。
 土産物はさておき、モバイルバッテリーを買う為に歩き回る。幸い1時間は余裕があり、迷いながらコンビニエンスストアを見つけた。


 ところが豊富なラインナップ、どれが良いのだろうか。半ばパニックに陥って、振り返る。
「あの、すみません。使ってるスマホこれで、今すぐ充電できるの、分からないんですけど」
 声が上擦り、自分でも咄嗟に何を言っているのやら、しかしベテランらしき店員がレジカウンターから出て来て、懇切丁寧に教えてくれた。

「ありがとうございます!」
 他人に優しくされると涙腺が緩み、相手より先に感謝の言葉を述べる。あちらは業務の一環で慣れっこ、明日には忘れ去るシーンを、俺のフィルムに焼き付けた。
 こうして心のアルバムにページが増え、どうにか再起動、息を潜めて帰宅する。

 
 不自然な程に明かりが消えた、まさにホラーハウスの入り口で靴を脱いだ途端に女が襲い掛かった。
「奥くんは、お母様と連休だからお出掛けしたのね。なんて素敵なの、羨ましいわ。私、いつ間違えたのかしら。教育が足りなかった? 大事な一人息子は、未だに認められなくて。そう、とっくの昔に切り捨てられたのよ。未練がましかった」
 肩を揺さぶり一方的に捲し立て、幾らか手の力が緩んで、その隙に逃げる。

 〈星一つもつけたくない〉ような駄作だと、また酷評された。

 過干渉、勉強ばかりの学生時代、夢を叶えても冷たい目で見られ、後継者としてしか、価値がない俺。『どうせやめる』の予言が当たり、逆らった罰を受けた(父はよくもまあ寝ていられる)。
 疲れ果て、辿り着いた洗面所の鏡に映る蒼白い顔としばらく見つめ合った。

「上京は独身の叔母さんを頼りに。あっちも親戚の集まりでは浮いてて、わりと仲良くやれた。金銭的援助はあったよ、でも親が離婚してからはなし。しかも、お兄ちゃんに『こむぎのせいだ、二度と現れんじゃねえ』とか言われて絶縁。私はあんな町、嫌いなのに、なんでアーリーなら約束を守る筈だって、信じてたのかな」

「僕がみんなを呼んで、子供だけは危ないし、理科の先生に付き添ってもらおうと。そこを、流石ゾノのお父さんだよね、『面白そうだから交ぜてくれ』って。えっ、事実は伏せたまま? 兎に角、楽しかったな。『次は何年後、大人になってる。もし会えたら』忘れても、導かれた」

「アイテムで月が……ん?普段の休みは運動か、寝てる。俺が童心にかえりたかった。カッコ付けねえ友達、てか一つずつをあんま気にせん方がいい、裏読みで病む。因みにリタイアして新しい人生歩んでる身近な例が宮園家の長。たまに料理の写真が届く、材料にうちの商品を含んだ」

 彼らの存在、台詞と物語が脳裏に描かれる。
今、ここに居なければ無かった展開〉。

 映画の予告編を観ることが好きだった
評判が悪い作品も良くできているようで、こちらと重ね合わせて愉しむ。だが、27話目の世界は終わっていない、寧ろハイライト、特別な満月の夜が変える、ノンフィクション。


 入浴後、ついに意を決する。
「よし」
 俺、ムギ、オッくんのグループチャットルームにゾノが加わった(勿論、許可を得た上で)。
個別のやり取りには口を挟むまでもなかろう。  
 結局、アーリーはみんなの味方? 上等。暗がりの異様な静寂に包まれ、犬が隠れてしまった。落ち着いて過ごせる環境ならば。

 思い出で鞄が膨らんでいく。
 きっと朝を迎えた頃にはメールが読まれる。
『今後の件につきまして、折り入ってお話したいことがあります』
 何も行動を起こさなければ生き残る、とはいえ愚かなキャラクターを演じた。観客に嗤われても、進める。続きがあると思い込んで、現実は唐突なラストシーンが訪れたり。


 啜り泣きと足を引き摺るような音、恋人を紹介すれば嫌がらせの連発で別れさせて、可能性を潰す、こちらの視点では悪役と呼ぶ彼女。急激な変化、心身共に傷が癒えたとは言い切れず、より苦しめてしまう。
 『俺なんか』が押し寄せるも、画面の向こうで取り敢えず『おやすみ』とスタンプを添える仲間に励まされた。

 旅の余韻に浸る暇もなく、浅い眠りの中では〈登場人物〉が勢揃い。さて、運命や如何に。



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