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『満ち欠けワンダーランド』06.転換


「ほらね。あなたにはきちんとした服がぴったり。細身でモデル体型だもの、活かさないと」
 音を立てずに階段を下りて、母と鉢合わせるなり、褒めちぎられる。俺が気に入っていたTシャツやぶかぶかのスウェットパンツ等は全て(勝手に)捨てられてしまった。
 住まいに職場と、至れり尽くせりで両親には感謝してもしきれないが、一連の流れをVTRで客観視すれば父の判断は正しく、天国のような地獄から抜け出すことができる。


 明け方、ヒステリックな叫びが響き渡った。近所迷惑も甚だしい、とんだ目覚まし時計である。
「パパはどうしてあの子を選ばないの。私が言った通り、帰って来てくれて、お仕事頑張ってるじゃない!」
「自分は親父に強要されて不快だったからな。何遍言ったら分かるんだ、あいつが出て行って戻ろうと関係なく、次の代は、」
 ここで上手い具合に犬が吠えて、名演技、ふたりは喧嘩を止めた。

 嫌でも聞こえた会話。何も起こらなかったかの如く、異常なまでに微笑みを湛える。
「また……出掛け……ます。オッくんと」
「あらまあ。そう、楽しんでらっしゃい」
 視線が彷徨い、シャツのボタンを弄りながら、もごもごと知らせた。一時は疑われるも日帰り旅行での証拠写真などにより〈釣り合うお友達〉として再び認められた、彼の名を借りる。


 本当は、ゾノと会うのだ。

「こないだはごめん。なんつーか、俺もアーリーと遊びたい。いつなら空いてる?」
 中旬の晩、滅多に鳴らぬ軽やかな着信音と同時にスマートフォンが揺れ(マナーモードの謎)、勢いに呑まれて、週末の予定を立てる。されど、またもや問い詰められ、細かく説明をしなければならない。煩わしかった。
 年始、我が家へ挨拶に来てくれたにも拘らず
「確か宮園さんのお宅を越えて、ゲームセンターとライブハウス、連れ回したわよね」
 未だに印象が悪く、それに今朝の騒ぎで嘘を吐いた方がマシだと考える。


 中高生とは訳が違う。四半世紀を通り過ぎて、あわや乗り越すところで降りた。
ターミナル駅を単独で、検索ワード『構内図 わかりやすい』、定番の待ち合わせ場所へ。
 依然としてスポーティー且つラフなスタイルに彫りの深い顔が目を引くゾノは、恥ずかしがらずに手を振る。
「ようこそ! 今日さあ、車なんだわ」
 買い物がてらだと話し、駐車場へ誘導した。こちらにとっては初めての地で、さりげなく気を遣われる。
 と、〈踊れる音楽が流れたフロア〉に紛れ込み、頭を打つ。滑らかな口、ファッションといい、別世界の住民には変わりなかった。しかし俺が困る質問などはせず、優しさが身に染みる。


 窓外は曇り空、都会を離れていき、
「はい、到着。俺のおすすめ」
 そこは店頭に食品サンプルが並ぶような昔ながらの喫茶、レストラン? ショーケースに見惚れて、昭和の香りが漂う中へと誘われた。
 客をワクワクさせる豊富なメニューに迷うと彼が嬉しそうに
「甘いもんばっかでも良くね?好きなの頼も」
 〈子供の夢〉を持ち掛け、心惹かれるままに注文する。洒落た雰囲気のレトロブームに映えるメロンソーダも魅力的だが、異なった。

「あちこち回って頭下げて、もう疲れたし、なんであそこで働いてんのかなって思った日に偶々、ここら辺を通って入ったら、タイムスリップ感? このフルーツパフェどっからいこう、とか。めちゃくちゃ楽しくて、ああ、こんな幸せまで味わえるのが食の力、すっげえ。そんで、辛うじて今も踏ん張れてる。誰かに教えたかった」
 明るい声、主役はゾノで、かつてイージーモードに見えた、けれど、向かい合わせの俺と同じ、生きている。


 続いて訪れた公園で腹ごなし後は、ハンドルを握って自宅に、
「色んなゲームやれるバー潰れてて、うち。一応は掃除機かけたんで」
 据え置きもしくは携帯型のゲーム機とあらゆるソフトがあり、喜びを噛み締めた。

「低予算の背伸びしないコース。うあ、油断してたら抜かされたっ!」
「面白い、2周目で慣れたかも。おまけにアイテム使うよ」

 〈オンラインで友達と遊べるアプリ複数〉のインストールを済ませ、『近所の駄菓子屋に行こう』が休憩どころではなく、走らされて、負けた方が奢る。総じて懐かしかった。根本的には変わらぬ友の姿に、胸のつかえが下りる。


「いつもはつまみに呑んじゃう。」
「彼女いない?」
「ま、特定の子は、ね。てかアーリーこそ。親うるさいだろ」
 夕刻にラムネで乾杯、ぺろりとスナック菓子を平らげる、とことんノスタルジック、あれの電源は切って。
「恋愛・結婚、有り得ん状態。失業でなかなか立ち直れなくて、当たり前の明日が来ないかも知れないぐらいには、追い詰められてた。だから『休んでちょっとずつ社会復帰』がはじめの話。長引いちゃって、お母さんが望むように、か、お父さんの『自由にしろ』で揺れてる。ホント甘っちょろい。何かが死んで生き返ったのは、みんなのおかげ」
「ふうん。家族だけかと思いきや友達もいつの間に集まって、若干ハブられてんの寂しい」


 ゾノは例の件、ムギとオッくんについて
「若かったわな」
とのコメント、これをどう解釈すれば、委ねられる身にもなれ。夜の街にネタバレは転がっておらず、
「じゃあ」
 次回予告さえなかった。

 そして現実へ、古い機種の画面一覧と充電残量に青ざめる。
『奥くんとお母様を見かけました』



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