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3時間15分で娘ちゃんを出産したお話
3月2日、午前7時45分に、第一子である娘ちゃんを出産しました。
前駆陣痛から本陣痛、そして出産までどのような経緯だったかをnoteに記録しておきたいと思います。
〜前駆陣痛〜
前駆陣痛には個人差がかなりあるそうです。
人によっては前駆陣痛があったりなかったり。
私は前駆陣痛がばっちりあったタイプでした。
X(旧Twitter)を見てみると、2月9日(36週)にはそれっぽい痛みを自覚し、焦って再
にわか倹約家の私が自分のためにデパコスのアイシャドウを購入した日〜自分のメイク•コスメ事情を振り返る〜
最近の10代の女の子たちは、友人の誕生日にDiorのルージュをプレゼントするそうです。
仲良しの数人で割り勘して、お金を出し合ってお店で購入するのだとか。
中学生の女子生徒からDiorなんてブランドの名前が出た時点ですでに度肝を抜かれたのだけど、誕生日プレゼントとしてデパコスをチョイスするなんて…。肝がぶっ潰れたことを今でもよく覚えています。
最近の中学生、マセすぎではないでしょうか…?
自分の
念願のジェンダーリビールケーキを作ってみた
※妊娠中のお話の記事です。苦手な方や辛い方は閲覧をお控えください。
やっと、お腹の子がお股を見せてくれました。
27週目の妊婦健診。
友人たちは皆、15〜16週あたりにわかったよ〜。って言っていたのに、私のお腹の子はなかなか見せてくれず。
2週間前の健診で「暫定」と言われていましたが、今回はほぼほぼ確定とのこと。
健診終わりに旦那さんから
「今日はケーキを作れそう?」
とLINEが来ました
機能不全家族から離れる②アダルト・チルドレンを自覚した日〜アル中だった父と摂食障害だった私の話〜
私が「機能不全家族」という言葉を知ったのは大学生の頃でした。
指導教官となる教授のゼミで、家族の話が話題になったのです。「卒業までお世話になる人だから…」と思い、2人きりのゼミの日に実家について打ち明けたのでした。
その教授も、今思うと精神的に不安定な方でした。
「困ったことや悩んでることがあれば、相談してね。」と前日に仰ったかと思えば、その言葉どおりに心の悩みを打ち明けると、「私はあなたのカウン
時間に余裕がないと心の余裕は生まれない
妊娠による体調不良を機に何ヶ月か仕事を休むことにした。
絶対安静の指示がなくなったあとは、仕事の復帰を視野に入れていたこともあり、落ちた体力を取り戻そうと思考錯誤しながら過ごしていた。
10週前後は、つわりも落ち着き、いくらが気分よく過ごせる日が増えてきた。ずっと良かったわけではなくて、午前中元気だったのに、午後からぐったり…。その逆の日もあって、終日外出をするのは難しかった。外出はしたい
OHSS+陽性反応が出た後の入院生活のお話②
看護師さんの優しい言葉で、入院継続を決意した7月中旬。
卵巣の捻転がこわくて入院を継続したのだけれど、毎日が白い病室の中のベッドの上で完結してしまう日々は、思っていた以上にストレスが溜まった。
外の空気を吸いたくても外出禁止。絶対安静だから、病棟の中をうろつくのももちろんダメ。
「3週間とか4週間目になってくると、気持ちが病む人もいるんですよ。声をかけてくれたら、一緒に病棟の中を見て回ることもでき
OHSS+陽性反応が出た後の入院生活のお話①
心の準備も仕事の引き継ぎも中途半端なまま、管理入院することになった。
入院当日は採血があり、診察でエコーと採血の結果を知らされた。
「今日から入院ですね。腫れが引くまでは絶対安静です。待合室で待っててください。看護師が迎えに来ます。」
とドクターに言われ、待合室で待っているとスタッフ専用入り口のような場所から車椅子を押している看護師さんが現れた。
「え?車椅子?」
車椅子が必要なレベルなのかと驚
PCOSの私が体外受精で妊娠するも、合併症(卵巣過剰刺激症候群:OHSS)で即管理入院になったお話
採卵のあとにも、エコー検査で「あー。腫れるかもねぇ。」と言われていた。
もし、腫れていたら胚盤胞は凍結して、卵巣が落ち着いたら子宮に戻すことになる。だから、すぐには妊娠できない。それだけは避けたかった。
一月でも早く妊娠できる可能性があるのなら、新鮮胚移植がいい。移植日が来るまで頭の中で、散々リセットして塞ぎ込んできた日々を思い返した。
(※ネットの情報では、凍結した胚盤胞を移植したほうが妊娠率