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甘えたいから甘えない作戦
子どもの表現って、ストレートだったり、時に信じられないくらい不器用だったりします。
気を引くため、
わざとダメなことしてみたり
ちょっかいを出してみたり…
そうそう。伝わりますか?
私の5〜6歳の頃の、とっても不器用な作戦を思い出したので、綴りたいと思います。
私は物心ついた時から、父や母に、抱っこをせがんだり、遊びをせがんだりした記憶がほとんどありません。
うちは共働きで、祖母から「お父
ずっと忘れていたこと
私には小学校の先生を目指した時期がありました。
そもそも、なぜなりたいと思ったんだろう…なることを辞めて以来、それについて深く考えることもしなかった為、すっかり忘れていました。
でも、ひとつ前の「体育祭でランデブー」を思い出した際、あぁそうだったんだと思いました。私が学級会で黒板に皆んなの意見を書いて振り返った時の、あの景色。クラスが一体になって、楽しくて、みんな目がキラキラしてて、あったかい…
お手伝いしたい思いは
保育園にも行ってなかった頃、母が夕飯を片付ける後ろ姿を見つけて、自分もやりたくなりました。母に脚立に乗せてもらって、スポンジに洗剤をチューっと出してもらうと、あわあわにして夢中で遊びました。お箸だけ一緒に洗いました。
母が台所を終わっても、時間を忘れて泡で遊び続けました。
保育園に行くようになると、ある時急に本当にお手伝いをしてみたくなりました。多分保育園でお手伝いのお話が出たんだと思います。母
ふたつのだんまりのこと
70年代、2年間保育園に通いましたが、2年間ほぼ喋らなかった私です。
でも、年中と年長のだんまりは、今思うと全然苦しさが違うんです。年長のだんまりはすごく苦しかった。なぜかなと思いました。
今日はこのふたつのだんまりについて、思ったことをお話したいと思います。
年中さんの時のだんまりは、それまで私の周りにはほぼ子供がいなかったので、ただ呆気に取られてぼーっとみんなを観察してるだんまりでした。
子供と親の「遊ぶ」は感覚が違うかもしれないこと
最近、何かしていると突然情景が浮かんできます。先日浮かんできたのは、私の記憶の中で今のところ最も小さい頃のものではないかと思います。
私は言葉が話せるか話せないかなので、1〜2歳くらい。父と母が楽しそうに私の前におもちゃを並べます。
私は、遊んでくれるのかしら!と期待を膨らませてワクワクしています。
父と母はおもちゃを順番に私に見せます。
「ともみちゃんこれは好き?」
好きなら遊んでくれると思っ
怒りという感情について
人は私のことを、怒らなそうだとよく言います。自分でも怒りってなんだろう?って思っていました。それは怒りを乗り越えたというよりも、自分が「怒る」ということに激しく鈍感になっているようでした。膜が張られているような感じ。
その証拠に、怒ってる人、イライラしている人に遭遇すると、それだけで自分の心に恐怖が芽生えました。怖くて怖くてたまらなくて、その人の顔色をみたりご機嫌をとったり…気になって仕方があり