ともみん

富山県出身。神奈川県在住。アラフィフ。 つい自分を小さく見積もりがちな人や、自信を持って人生を変えたい人を応援したい。 ヒーラー&レイキティーチャー&自己徹底統合講座®︎認定講師。学童支援員。 https://lit.link/tomomimauchi

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マガジン

  • 愛しい故郷の風景

    故郷、富山県の愛しい風景を集めてみました。

  • 80’s 中高生のわたし

    あの頃は、自分が住んでる小さな世界がすべてでした。田舎の中学生の何気ない出来事や思い出♡

  • 自分が自分であるために

    レイキヒーリングのこと宇宙のこと、自己統合のことなど発信していきます。今、まさに進化中です。

  • 日常あれこれ

    毎日の日常での出来事、見たこと感じたことを気軽に投稿します。

  • 私はダメな子なの?〜思い出のかけら

    小さい頃から戸惑うことが沢山ありました。自分はダメな子じゃないかと思ったりしていました。自分の思いつく限り、思い出の断片を書き綴っていきたいと思います。そしてその頃の自分を癒してあげたい。47年前の物心ついた頃から小学6年生までの思い出のかけらです。1から順番に並んでいます。

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やっとスタートに立てたかな

ずっと生きづらさがあって、でもなぜなのか全然わかりませんでした。 なぜこんなに自信がないのか、なぜ人前に出ると異常な状態になるのかわかりませんでした。(頭が混乱して呼吸困難になります) 中学3年の時に、よく、席が近かった子に勉強を教える機会がありました。その子がハッと閃く瞬間がとても嬉しくて「教えるって楽しい。将来先生になろう」と思いました。 高校生から備えてピアノも習って、大学は教育学部に行きました。 でも、先生になるのがだんだん怖くなったんです。人前に立つのも怖いし、

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      雨晴海岸の爽やか風景

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      • 3色で描いた最後のジャングル

        80年代、私は中学3年生でした。 教科の中では美術が特に好きでした。 小学校の時も、図画工作の時間が一番好きでした。 体育の時間をもっと減らして、美術(図画工作)の時間が増えるといいのに…一週間にたった2時間しかないことをとても恨めしく思ったりしたものです。 美術の中でも、絵を描く時は特に好きでした。 なぜ好きなんだろう?と考えてみると、絵に集中して雑音が無い感じ。夢中になって時間を忘れる感じが、とても心地良かったんだと思います。 そして夢中になって描いていると、席を

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        • 廣子さんとの寒川神社

          梅雨が開けましたね。 と同時に、noteで仲良くしていただいている宮島廣子さんと初めての寒川神社へ行ってきました。 初めての生廣子さん♡は ひと目見て、かわいい妖精さんかと思いました。 綺麗な参道を歩きました。 新緑が私たちを迎えてくれました。 ご祈祷を終えると、ふわぁ〜っと風が吹きました。 思わず笑顔の私たち。 「龍神様のような雲が出てないかしら」 2人で見渡したけれど、雲ひとつない青い空。 これもまた素敵です。 ご祈祷していただいた人が入れる 神嶽山神苑(かんた

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        • 私はダメな子なの?〜思い出のかけら

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          小さい頃から戸惑うことが沢山ありました。自分はダメな子じゃないかと思ったりしていました。自分の思いつく限り、思い出の断片を書き綴っていきたいと思います。そしてその頃の自分を癒してあげたい。47年前の物心ついた頃から小学6年生までの思い出のかけらです。1から順番に並んでいます。

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          あの頃は、自分が住んでる小さな世界がすべてでした。田舎の中学生の何気ない出来事や思い出♡

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        • 私はダメな子なの?〜思い出のかけら

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          小さい頃から戸惑うことが沢山ありました。自分はダメな子じゃないかと思ったりしていました。自分の思いつく限り、思い出の断片を書き綴っていきたいと思います。そしてその頃の自分を癒してあげたい。47年前の物心ついた頃から小学6年生までの思い出のかけらです。1から順番に並んでいます。

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          • 仲良くしたいまあるいもの

            小さい頃から怖過ぎて、なかなか仲良くなれないものがあります。それは… ボール。 ずっと球技がほんと苦手で、恐怖で。 思い起こせば、小学校低学年でのドッジボールが恐怖の始まりでした。投げる時みんなすごい顔して投げるでしょう?そしたらパワフルなボールがブーンと飛んできて… 怖い!怖すぎるよ! もう逃げるのに必死です。 「当たったら痛いよきっと。どうしよう」 コートのすみっこで震えてました。 「今日は時間が余ったから…ドッジボールね」 先生が前触れなく言うあの恐怖の言葉

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            • わたしの中のようこちゃん

              80年代のわたしの小学校、中学校生活によく出てくる親友ようこちゃん。 ようこちゃんは、24歳で人生の幕を閉じました。 小学生高学年では帰り道が同じで、こっそり交換日記したり、畑の土で縄文式土器のまねごとをしたり、楽しい日々を過ごしました。 中学では偶然同じ軟式テニス部で、楽しいこと辛いこと色々経験しながら成長していきました。 中学3年生は同じクラスになり、ひとつ前の牛小屋の住人と恋愛小説でも、「キンギョとフン」と言われるほど仲良しで、よくふざけたりもしました。よく笑い合

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              • 牛小屋の住人と恋愛小説

                80年代、私は中学3年生でした。 ようこちゃんとは、同じテニス部で、帰り道が途中まで同じ。中学生になって初めて同じクラスになりました。 話すことが尽きなくて、分かれ道になると、余計に次から次へと話すことが出てきて止まりません。 分かれ道には牛小屋がありました。 牛がモ〜モ〜と鳴いていました。(ちなみに学校の給食の牛乳はここの牛さんのものです)。話していると、牛さん達のかぐわしい香りがしてきました。 あまりにも長く立ち話するので、数学の先生の帰宅時まで居てしまい、車でい

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                • 日光へ行ってきました

                  先日、日光へ行ってきました。 noteでご活躍中の開運天使さんの「日光 平和の礎、徳川家康神に学ぶ神社散策」に参加させていただきました。 とても感動的で素晴らしい散策でしたので、その様子を綴りたいと思います。   まずは輪王寺 次は星宮神社 本宮神社 二荒山神社 昼食は「全ZEN」の日光湯葉まき御膳 岩戸神社 足利織姫神社 行きの車中では参加者が順番に、ご神託を降ろされる眞理さんからご神託を伺いました。 その中で、今回の旅を通して家康様が伝えたい私の中にあ

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                  • ずっと忘れていたこと

                    私には小学校の先生を目指した時期がありました。 そもそも、なぜなりたいと思ったんだろう…なることを辞めて以来、それについて深く考えることもしなかった為、すっかり忘れていました。 でも、ひとつ前の「体育祭でランデブー」を思い出した際、あぁそうだったんだと思いました。私が学級会で黒板に皆んなの意見を書いて振り返った時の、あの景色。クラスが一体になって、楽しくて、みんな目がキラキラしてて、あったかい…あの景色。あの景色を見たい。きっとできる。そう思ったんだったと気付きました。

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                    • 体育祭でランデブー

                      80年代、私は中学3年生でした。 2学期のある日、学級会がありました。議題は、「体育祭での競技の候補を考える」でした。 私は当時、活発でも利発でもないのにひょんなことから副学級委員長をしており、黒板を書いていました。(心温まる教室の思い出をご覧ください) いくつか競技の候補が出ました。 その中で、男女ペアになって、 二人三脚→網くぐり→丸椅子の風船割り→小麦粉の中から手を使わないで飴を探して口にくわえる→ゴール というだいぶ楽しげな競技案が出ました。 さて、この競技の名前

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                      • これって強みなのかもしれない

                        私は、多分普通の人の想像をはるかに超えるくらいドジで抜けていて天然で不器用なんだと思います。 それは小さい頃から50年過ぎても変わりません。 昨日、天然石でブレスレットを作成するワークショップに参加しました。ただ天然石にテグスを通すだけなのに天然石を2度も飛び散らせるミラクルを起こしてしまいました。 そういえば、先日のお話会の時も、zoomのレコーディングボタンを押した瞬間に、ホストの私が消えるというミラクルを繰り広げました。 嗚呼、思い起こすと「なんでそ〜なるのっ?」

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                        • 心温まる教室での思い出

                          80年代、私は中学3年生でした。 クラスの係に、学級委員長、副学級委員長というのがあると思いますが、副学級委員長ってどのようなイメージでしょうか? 「静かにして下さーい」 「ちょっと、そこの男子聞いてるの?」 私の中では、活発で利発でビシッと注意できる女子というイメージでした。 7月の期末テストも終わり、2学期の係決めが行われようとしていました。その頃、ちょうど、ちょっとした「ドジで天然すぎて尊敬されるほどの事件」をした私がいて、注目を集めていたようです。急に何を思ったかひ

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                          • お手伝いしたい思いは

                            保育園にも行ってなかった頃、母が夕飯を片付ける後ろ姿を見つけて、自分もやりたくなりました。母に脚立に乗せてもらって、スポンジに洗剤をチューっと出してもらうと、あわあわにして夢中で遊びました。お箸だけ一緒に洗いました。 母が台所を終わっても、時間を忘れて泡で遊び続けました。 保育園に行くようになると、ある時急に本当にお手伝いをしてみたくなりました。多分保育園でお手伝いのお話が出たんだと思います。母が洗っている茶碗や皿を私も洗ってみたくなりました。 私はやる気満々で、 「お茶碗

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                            • 私は家事が苦手なんです

                              私は、ずっと自分の本心と離れたところに、 自分を頑張って作っていました。 ⁡ 挙げるとキリがないけど、 例えばその一つが家事に関すること。 ⁡ 家事はどれも大の苦手。 もう苦痛でしかありません。 ⁡ でも、女性が家事が苦手って 致命的な気がしたんです。 ⁡だから頑張ってできてるふりしてました。 ⁡ 仕事に行って残業しても、 食事、買い物、掃除、洗濯。 どれも努力と根性で、できないながらも 自分の時間を削って頑張ってきました。 ⁡ こんなに家事が嫌で苦手なんて、自分は人間失格な

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                                実家そばのスキー場を見に。

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                                • ふたつのだんまりのこと

                                  70年代、2年間保育園に通いましたが、2年間ほぼ喋らなかった私です。 でも、年中と年長のだんまりは、今思うと全然苦しさが違うんです。年長のだんまりはすごく苦しかった。なぜかなと思いました。 今日はこのふたつのだんまりについて、思ったことをお話したいと思います。 年中さんの時のだんまりは、それまで私の周りにはほぼ子供がいなかったので、ただ呆気に取られてぼーっとみんなを観察してるだんまりでした。 自分のことを「わたし」っていうのね。 女の子って髪をかわいくしたりするのね。 こ

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