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破天荒な父。父の最期の言葉

僕と父親の、破天荒で少し笑える話です。

■■■ 父の最期の言葉 ■■■

好き勝手に生きてきた父だったが、晩年は病院通いが続き、最後には入院生活をすることになった。

病名は癌だった。どうやら3ヶ月もてばよい方らしい。

家族はそれを聞いても特にリアクションは無かった。僕はひどく落ち込んだ。

最後、父にできることは何だろう。そう考えた僕は、父の友人であるホームレスや、父の海外の友人に手紙をもらうことにした。

ホームレスの友人に事を告げると、みんなして涙してくれ、50人以上から手紙をもらうことができた。

(話の途中ですが、ホームレスの友人の話は下記3エピソードをご参照下さい)

茶色のグレープフルーツやリンゴももらったが、さすがに今の父に食べさせるわけにはいかなかったので、感謝の気持ちだけ伝えてお断りした。

海外の友人にも手紙で伝えると、全員から返信をもらうことができた。

父にそれらを見せると、僕は病室を出るように言われた。

おそらく、僕に涙は見せたくなかったのだと思う。
父はその手紙を大事に大事に箱にしまっていた。

それから数ヶ月して、病院から連絡が来た。「病状が本当に悪くなってきて、話せるのは今のうちです」という連絡だった。

僕は結婚したばかりの妻と一緒に病院に向かった。

いつも冗談ばかりを言って笑っていた父が、すっかり痩せこけて表情も暗かった。妻が色々と話しかけても、「うん」と小さく返事するだけだった。

そろそろ帰ろうかと思い、最後に妻が「お父さんって、何歳なんですか?」と聞いた。

さっきまで元気の無かった父が体を起こして、ニヤリと満面の笑みを見せてこう言った。

「今年でシックスナイン」

本当に、とどめを刺してやろうかと思った。
数日後、父は亡くなった。

父の最期の言葉は、この下ネタだった。

本当に父親らしい死に方をしたし、僕は一生、父を越えられないと思った。

僕も69歳までは生きたいと強く思うようになった。
将来、子供が結婚した妻に年齢を聞かれるのが楽しみだ。

続く

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