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#不思議な話
失恋墓地|毎週ショートショートnote
「よう、マスター」
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いたが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だ
洞窟の奥はお子様ランチ|毎週ショートショートnote
電車の中で、赤ん坊の泣き声が響き渡った。その瞬間、友人がすっと席を立つ。「降りよう」という無言のアピールだ。
今まで何度か同じことがあり、僕は「赤ん坊の泣き声が苦手なんだろう」と、特に何も言わなかった。しかし、苦悶の表情を浮かべ、「はぁ」とため息をついてプラットホームのベンチに座る友人に、思わず「そんなにイヤなの?」と聞く。
「いや、違うんだ」
次の言葉を待つ。
「俺の実家は長野の山奥で、夕
ツノがある東館|毎週ショートショートnote
「運の良し悪しは関係ありません。運命です」
これから喰われるというのに、住職は表情一つ変えずに言い放った。どうやら自分の身に起こることを予期していたようだ。
「運命……と申しますと?」
私が尋ねると、住職は「少々お待ちください」と言い、小さな巻物を持って来て、目の前で広げた。紙からはパリパリ……と乾いた音がして、今にも破れそうだ。
「1000年前より、この寺に伝わる巻物です。寺を継ぐ時に、
アメリカ製保健室|毎週ショートショートnote
「えーと……」
私の戸惑う様子を察したのか、男子生徒は「3年7組の大崎です」と早口で名乗った。いつも授業をサボりに来る生徒ではなく、至って真面目そうな生徒だ。体調不良だろうか。
「どうかした?」
大崎は何も言わず、さっきから私の肩越しをじっと見ている。振り向いてその視線の先を追うと、棚の上に飾ってある小さな黒い石に辿り着いた。
「先生、あの石は?」
「あれは……前任者が置いて行ったものね。
ドローンの課長|毎週ショートショートnote
「よーし! あと10分で復元完了だ!」
「まったく、あのドローン課長、手間かけさせやがって……」
俺は同僚の池田と一緒に、ある動画の復元作業をしていた。ドローンで撮影された4K動画で、しかも削除した人物が動画データを簡単に復元できないように徹底的に破壊したため、復元に34時間もかかった。
その動画は……1年前に北海道遺産に認定された、オホーツク地方の留遠別遺跡群。
遺跡を撮影し、そして削除し
粉雪|毎週ショートショートnote
――死亡したのは埼玉県在住の豊原和之41歳、サラリーマン。
「粉雪か……」
「41歳って、粉雪に手を出すにはちょっと高めの年齢ですね」
新米刑事の加藤が豊原の免許証を食い入るように見ている。
昨日の夜、千葉と埼玉の県境の雑木林で豊原の遺体が発見された。死因は薬物中毒。
――粉雪。
最近、若者を中心に出回っている危険ドラッグだ。使用すると、チラチラと雪が舞っているような幻覚を引き起こすこと
夜光おみくじ|毎週ショートショートnote
「なぁ、弥呼卯神社のあるところって、お前の地元じゃねぇの?」
同僚の倉田が突然聞いてきた。
俺は「そうだけど」と短く答える。
「これ見ろよ」
倉田が差し出したスマホには、全国の都市伝説を掲載したサイトが表示されていた。
『○○県○○市にある弥呼卯神社で引いたおみくじは、夜になると書いてある内容が変わる』
「これって本当なのか?」
「そんなわけないだろう?」
倉田は「だろうな」と言い、仕
ルールを知らないオーナメント|毎週ショートショートnote
妻と娘がクリスマスツリーに飾り付けをしている。普通なら微笑ましい光景なのだろうが、今の私の表情は「無」に近い。
私の実家には「飾り付けは一切してはならない」という決まりがあったので、クリスマスにも正月にも、何かの行事があっても、飾り付けというものを一切したことがなかった。実家だけではない。実家がある西日本のとある地域には、今もそういう風習がある。
「飾り物をすると、それを盗りに来る奴がいる」
台にアニバーサリー|毎週ショートショートnote
むかーしむかし、北海道の奥地に「緒倣筑」という小さな村があった。その村の住人はみんな文章を書くのが得意で、農業の他に新聞記事や不思議物語などを書いて暮らしていた。
緒倣筑村では毎週日曜日に村長がお題を出し、みんな1週間かけて思い思いに物語を書き、お互いに読み合うという珍しい風習があった。
ある日、多良葉佳丹という旅人がやって来て、「私と勝負しましょう。私が出すお題で、もし私が唸るような不思議物
白骨化スマホ|毎週ショートショートnote
DF25S7W500H91
警察からスマートフォンを預かり、製品番号をメモする。
――白骨遺体か……。
スマホの持ち主の成れの果てを知り、少しだけ背筋が寒くなった。
「えーと、DF25S7、W500H91……」
会社のパソコンに、さっきのスマホの製品番号を打ち込む。
みんな携帯電話の製品番号なんて気にしたことはないだろうが、実は電話会社や携帯端末製造会社の間では、この製造番号に特別に気
助手席の異世界転生|毎週ショートショートnote
「おー! なんだなんだこの建物は!」
助手席の井上が興奮気味に叫ぶ。僕は建物の前に車を停めた。
「これ、公民館じゃないの? さすがに廃屋じゃないでしょ」
北海道に引っ越してすぐに井上と知り合い、お互い本州からの移住者なので、すぐに意気投合した。僕達がハマっていているのは廃屋巡り。北海道にはとにかく廃屋が多く、中には「まだ誰か住んでるんじゃないの?」と思うほどしっかりとした建物や、集落丸ごと廃
強すぎる数え歌|毎週ショートショートnote
真っ直ぐ行けば、遠回り。
右に曲がれば、鉢合わせ。
左に曲がれば、真っ逆さま。
昔、俺が住んでいた田舎にあった歌だ。でも、この歌が何を意味するかは知らない。
中学の時、通学路の途中に小高い丘があり、その丘は雑木林になっていて、不気味なので、みんなその丘を迂回する小道を通っていた。
ある時、付近一帯が再開発されることになり、例の丘の木々はほとんど切り倒され、前よりも不気味さはなくなった。部活
ご飯杖|毎週ショートショートnote
茶碗に盛ったご飯に箸を立てて、故人にお供えする「枕飯」、もしくは「一膳飯」という風習を言っている人は多いと思う。しかし、私の祖父母が住んでいる田舎ではちょっと違い、ご飯に箸ではなく菜箸を立てて、それを杖に見立てる「ご飯杖」というものだった。なぜ菜箸なのか、なぜそれを「杖」に見立てているのか、私は知らなかったし、別に知りたいとも思わなかった。
その日、祖母のお葬式を滞りなく終え、ちょっと休憩してい
秋の空時計|毎週ショートショートnote
ようやく暑さが収まってきた10月の始め、気象庁の気象予報士が投稿したSNSの内容に注目が集まった。
「秋の空は、過去の空を映し出している」
この文章と一緒に、気象庁の定点カメラが撮影したという数枚の空の写真がアップされた。
撮影日はそれぞれ
2023年 10月7日
2014年 10月7日
2005年 10月7日
1996年 10月7日
1987年 10月7日
となっている。9年おきのその