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助手席の異世界転生|毎週ショートショートnote

「おー! なんだなんだこの建物は!」

助手席の井上が興奮気味に叫ぶ。僕は建物の前に車を停めた。

「これ、公民館じゃないの? さすがに廃屋じゃないでしょ」

北海道に引っ越してすぐに井上と知り合い、お互い本州からの移住者なので、すぐに意気投合した。僕達がハマっていているのは廃屋巡り。北海道にはとにかく廃屋が多く、中には「まだ誰か住んでるんじゃないの?」と思うほどしっかりとした建物や、集落丸ごと廃屋、なんてのも珍しくない。本州ではほとんど見られないその異様な光景を見るために、僕と井上は休日のたびに車を走らせた。

「見ろよ! これ廃止された郵便局だぜ!」

井上が入口の横を指差す。そこには、ほとんど消えかかった文字で「中幌内なかほろない郵便局」と書いてあった。カーナビにもスマホの地図にもそんな郵便局は出ていないので、やっぱり廃止されたんだろう。しかし、窓から中を覗いてみると、机や戸棚がそのまま残っており、机の上には書類もある。掛け時計もちゃんと動いていて、時刻は現在とピッタリ一緒だ。

「最近廃止されたのかな……。なんか気味が悪い」

――あれ?

横にいたはずの井上がいない。

「おーい! どこ行ったー? おーい!」

ふと、ガラスの向こうに人影が動いた。

――まさか、入ったのか!?

窓ガラスをガンガン叩きながら、「おいおい! 不法侵入はマズいだろ!」と叫ぶと、井上はこっちに向かって歩いて来た。

――!!!

郵便局員の制服を着た井上が、無表情で僕を見ている。僕はさっきより強く窓ガラスを叩く。

「さっさと出ろって! 帰るぞ!」

井上は表情を変えず、僕を見ながらゆっくりと後ずさりして、奥の方へと消えた。

「帰るからな! 知らないからな!」

恐怖のあまり、井上を置いて家に帰った。 熱いシャワーを浴び、ベッドに転がってスマホを握る。電話、メール、ライン……井上からの反応はない。

――なんだってんだ、一体……。

毛布を頭からかぶって眠ろうとしたが、一睡もできなかった。

翌日、井上が勤める会社に行き、事務員らしき女性に「井上さんは出勤してますか?」と聞くと、事務員さんは困った顔をした。

「ウチに井上という従業員はいませんが……。会社をお間違えでは?」

僕は精一杯平静を装い、「そうですね。失礼しました」と言って立ち去った。

井上はらえられてしまったんだ。

あの郵便局で、永遠に届かない郵便物を届けるために……。

(了)


たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」、今週のお題は「助手席の異世界転生」です。

私は「台本師」と「異世界転生」という言葉が死ぬほど嫌いで、さすがに「えー!」と思いましたが、意外にもスラスラ書けました。

最近、実体験をブッ込んで書いている毎週ショートショートnoteですが、実は今回も……。この話のモデルになった廃郵便局が、オホーツクの雄武おうむちょうに実在します。

それがこちら。

外観
上幌内郵便局
書類や時計がそのまま……。
外観
向かい側に集落があったようです。(全部廃屋)

なかなかのインパクトでしょ?
あ、井上君のモデルになった人は、ちゃんと元気に働いていますよ。
……今のところはね。(謎


先々週(先週はパス)のお題は「ご飯杖」でした。

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