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SDGsへの新たな発想:想像力で人々の価値観を変える

出版社の編集者さんから、SDGs経営の本を作っていると連絡がありました。その本には、「今まで通りのやり方ではSDGsを達成することは不可能で、いまや大変革を起こさねばならない。」という主張がされているそうです。そして、「SDGsのためのイノベーションのヒントとして、アート思考が役立つ場面や人が確実にありそうです!」というコメントをいただきました。

現代アートは、社会の事象に対して問いを立て、周りの人たちを巻き込む力があるので、SDGsに向いています。そして、周りを巻き込む原動力は、想像力を働かせて、参加者の価値観を変えるところにあると思っています。


人と人、人と地域、地域と地域をつなぐ《明後日朝顔プロジェクト》


周りの人を巻き込むアートプロジェクトというと、現在、東京藝術大学学長をされている日比野克彦さん(1958〜)の《明後日朝顔プロジェクト》が思い浮かびます。朝顔の種を介して、人と人、人と地域、地域と地域をつなぐものです。

2003年に新潟で行われた「大地の芸術祭・妻有アートトリエンナーレ」の一つの企画として、十日町市の莇平(あざみひら)にある、廃校になった木造二階建ての校舎を利用して、朝顔を校舎の屋根まで伸ばそうという活動を始めした。地元の住民と、学生スタッフとが共同で行える活動をということで考え出したプロジェクトでした。

蔓を伸ばした朝顔は、花を咲かせ種を実らせました。芸術祭は3年ごとですが、来年も朝顔を育てようということになりました。朝顔の種の収穫を、村の年中行事である収穫祭の時に一緒に行うなど、一年を通して、村の人たちと学生スタッフとの交流が続くことになります。

2005年には、水戸芸術館で日比野さんの個展が開催されました。それに合わせて、莇平の朝顔の苗が水戸に運ばれ、新潟の人と水戸の人が一緒になって苗植えを行いました。種が人を連れてくる最初のアクションになりました。

2006年には岐阜、福岡へと、その後も種は全国に広がって行きました。

2007年には、金沢21世紀美術館で「日比野克彦アートプロジェクト『ホーム→アンド←アウェー』方式」が行われ、このときプロジェクトの理念を決めました。

種は、まだ見ぬ先へ想いを馳せている。
種は、時を越える事の出来る乗り物である。
種は、見知らぬ土地に行く事が出来る船である。
一粒の種の中には今までの無数の記憶が蓄積されている。
一粒の種の中には次に伝えるたくさんの思い出が詰まっている。
記憶と思い出が今日を過ごして花を咲かせると、明日の種が生まれてくる。
種の船に乗れば明日の明日へと繋がっていく。
そして・・・明後日の姿へと想いは広がる。

日比野克彦「明後日朝顔プロジェクトのこれからの展開と課題についての考察」 
金沢大学附属図書館報 「こだま」2010年1月

朝顔を育てることが目的なのではなくて、朝顔を育てることで、人と人・人と地域・地域と地域のコミュニケーションを促すこと、この体験から、ひとりひとりの内面に生じた気持ちを見つめることを大切にしていることがわかります。


《明後日朝顔プロジェクト》で価値観を変える



日比野さんは、「日常の中に美術を機能させる」という視点と「既存の価値観を変化させる」という視点を常に考えて作品制作やプロジェクトの企画をしています。明後日朝顔プロジェクトを行なって、この2つは連鎖的に回転する関係にあると気づきました。

既存という日常を見直すことによって価値が変化し,その価値観が日々の生活の中で機能するということ

日比野克彦「明後日朝顔プロジェクトのこれからの展開と課題についての考察」 金沢大学附属図書館報 「こだま」2010年1月

明後日朝顔プロジェクトは2021年時点で、台湾を含む28地域+1団体で取り組まれているそうです。ロケットに乗って宇宙に行った種もあるとのこと。

さらに、明後日朝顔プロジェクトに参加している地域の人たちが一同に会する「明後日朝顔全国会議」も毎年行われるようになりました。このように拡大してきたのは、参加者の価値観を大きく変えることができたからということができます。


ついに海にまで進出する


明後日朝顔は、人が動くことで種が運ばれ、種が動くことで人が運ばれます。その様子を見た日比野さんは、「種は乗り物のようだ」と気づき、《種は船》というプロジェクトが新たに始まりました。

2007年の金沢21世紀美術館の展覧会では、ダンボールで作った実物大の船を展示、その後、2011年には、繊維強化プラスチックで作った《TANeFUNe》が誕生。81日間かけて32の港に寄港するなど、こちらもプロジェクトが拡大しています。

2021年に姫路に《TANeFUNe》が到着したときには、海や浜の漂着物を採集しました。参加者はそれぞれ、気に入った漂着物の絵を描き、その漂着物にまつわる物語を創作するワークショップを行いました。

漂着物を「これまでを伝える力」、種を「これからを伝える力」と捉え、「漂着物が何を記憶しているか、それが種になったとしたら、何を未来に伝えてくれるのか」を考えて物語づくりを行い、皆の前で発表したのち、学校内の一室に全作品を展示した。

日比野克彦『明後日のアート』現代企画室

浜には、思いもよらぬものが漂着しています。数多ある漂着物の中からどれを選び、どんな物語を紡ぐか、とてもワクワクするワークショップです。日比野さんのプロジェクトが拡大を続けるのは、このへんにポイントがありそうです。

プロジェクトを続ける力


アートプロジェクトも、このように拡大を続けるものばかりではありません。企業のSDGsの活動も、しばらくは続くけれど、あるときから急速に関心が失われるということもあると思います。

以前私が参加したプロジェクトも、最初は気合いを入れて毎月集まって議論していましたが、結局2回ぐらいで終わってしまいました。

このような課題について、日比野さんは以下のように語っています。

SDGsには数値で表せる目標がたくさんありますが、数字には一目瞭然でわかるよさがありますよね。
その一方で、数字は、結果が出ないと諦めたりやめたりするきっかけにもなりかねません。そのため、「自分一人が減らしても変わらない」と思わないようにしたり、継続するための工夫も必要だと思います。私はその、数字ではない「気持ち」の部分でアートにできることがある、と社会にアピールしていきたいと考えています。

日比野克彦「SDGs達成や社会課題の解決のために、「芸術」には何ができるのか?」

僕は、アートで想像力は訓練できると思っています。時間は一方向にしか進まないけれど、想像力を使えば100年前も、100年先もイメージできる。環境問題にとっても、想像力は大きな力です。想像力がなければ、「今が良ければいいじゃん」「温暖化でホッキョクグマがいなくなったって、別に問題ないし」ってことになっちゃうでしょ?

種をまく人 日比野克彦 「エコジン」2008年5月


理念を決めて、その理念に寄り添いながら想像力を働かせる、そして参加者の価値観を変える、みんながワクワクする企画を繰り出していく。これこそ、プロジェクトを長期間にわたって持続・発展させ、多様な人たちを巻き込む原動力なのです。




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