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カミーユの揺りかご:ショートショート
1997年9月のある日の午前、7歳だった私は訳の分からないまま、内戦の傷跡がいまだ生々しいカンボジアの地へ降り立った。
隣国タイの首都バンコクを経由しなければならなかったので、成田空港からジャンボジェット機でやってきた私たち家族は、そこで打って変わり、プロペラ式の小型旅客機に乗り換えていた。ちょうど手に持っていたJALのおもちゃ飛行機と、そう変わらないようなこんな飛行機に乗って、墜落してしま
多美子の逡巡:戯曲(3200字)
登場人物
多美子 エンジニア(助手)
ローリンゲン教授 インテリ教の最高権威
ノベール 正体不明のインフルエンサー
あらすじ(舞台背景)
世界を一瞬のうちに破滅させる兵器の開発に、多美子はエンジニアとして携わっていた。なぜこんな仕事に就いているか。それが神の意志に他ならないと考えているからだ。罪悪感に苛まれることはない。この兵器が産声を上げる前から人類は永く、殺し合いに殺し合いを重ねてきた。そ
杏樹の男の子:ショートショート
10歳の《ぼく》はよく、河川敷で壁当てをして遊んでいた。少し離れたところのグラウンドでは、リトルリーグの少年たちが、声を絶やすことなく練習に励んでいた。
友を叱咤し、激励し、その同じ友から叱咤され、激励され・・・というその輪のなかに《ぼく》は入ることができなかった。
あんまり近いところでは恥ずかしいので、離れていなければならなかった。しかしあんまり遠いと、孤独で寂しかった。
なにが恥ずかしいと
愁子のバトン:ショートショート
愁子(しゅうこ)はグラスに赤ワインを注いだ。味にこだわっている訳ではないが、決まってオーストラリア産だった。というのはボトルの栓がコルクではなくキャップ式のものを選ぼうとすれば、おのずとオーストラリアになるのだった。それでいて香りは芳醇で濃厚、味の全体的な輪郭もしっかりとしていて、舌に滲み渡る複雑な酸味がそのしなやかな輪郭の内で絡み合う。文句なしの条件だった。
混じり合って一色にならない味わ
冬佳のデジカメ:ショートショート
夜中に目が覚めた冬佳。なにも見えない暗い部屋のなかで、例外がひとつだけ、一筋のまばゆい明かりが見える。ぼんやりとして働かない頭でも、それはわずかに開かれた襖の隙間から漏れてくる明かりだとわかった。
ドアにせよ、襖にせよ、閉じる際に音を立てるのが好きじゃない冬佳の癖だった。こんなにお行儀のよい子供が、彼女の他にいただろうか?
しかし躾の良さとか、育ちの良さからくる癖ではなかった。冬佳はただ怖か
菜々美の慈しみ:ショートショート
女性が性的対象の菜々美には、2歳になる娘がいた。夫、令治との結婚生活と同い年だった。好きでもない男と結婚したのではなく、性的対象ではないが、好きな男と結婚したのだった。どの点が好きかと言えば、あまり大きな声では言えないが、不倫をしても傷つかないところだった。もちろん、たとえば人として尊敬できるというのもあるけど、あくまでそれは必要条件であって、それだけでは十分でなかった。
バイセクシャルの彼
真由美の催眠術:ショートショート
『日本は女尊男卑』とか、『女の方がずっと恵まれている』とか、こうした言説にはある程度の真理が含まれている。
しかし真由美は、この真理にあずかれない醜い女だった。
ずんぐりした顔の鼻はぺちゃんこに潰れていて、切れ長の目が人に与える印象は決していいものではない。それでも彼女は、あふれる母性をペットのアメショーにこの上なく注ぎ、保護者としてその責任をまっとうしていた。要するに彼女は心豊かに生きてい