冬佳のデジカメ:ショートショート
夜中に目が覚めた冬佳。なにも見えない暗い部屋のなかで、例外がひとつだけ、一筋のまばゆい明かりが見える。ぼんやりとして働かない頭でも、それはわずかに開かれた襖の隙間から漏れてくる明かりだとわかった。
ドアにせよ、襖にせよ、閉じる際に音を立てるのが好きじゃない冬佳の癖だった。こんなにお行儀のよい子供が、彼女の他にいただろうか?
しかし躾の良さとか、育ちの良さからくる癖ではなかった。冬佳はただ怖かったのだ。ドアや襖によって、断絶されてしまうことが。パタン、と閉まる音。それは断絶の音だった。
父も母もそんな冬佳の思いを知らなかっただろう。あまつさえ、隙間の空いていることに気が付いてなどいなかったに違いない。
こんな時間に起きてしまうのは初めてのことだった。眠れないという経験もなかった。
小さな犬のぬいぐるみが付されたプルスイッチの紐を引っ張り、消灯する前から彼女は、闇を見ていた。
ググッ、カチッ!と暗闇が上塗りされた瞬間、目をつぶったまま布団のなかに潜るのだ。
そしてこの三重の暗闇のなかで、いつまでも耳にこだます合図の音が、心優しい盲導犬のように夢の中へ導くのだった。
だからこの細長い、幾何学的な光を目にするのも初めてだった。何もかもが初めてだった。そんな冬佳の背中には、緊張が走っている。たとえて言うなら、不慣れな仕事を任された大人が味わう緊張、そして恐怖とまでは行かない一抹の不安だ。
どんな世界に紛れ込んでしまったのだろう?——という彼女の思いとは不釣り合いに感じられるかもしれない。こんな壮大な疑問に付随する緊張と不安が、《不慣れな仕事》と同程度で済むものか、と。
しかし案外、大人の方こそ世界に慣れきってしまって、違う世界へ移ることに恐怖するものなのだ。冬佳にしてみれば、この真新しい世界に投げ入れられることは、たくましくも《ちょっとした不慣れな仕事》でしかなかった訳である。
むろんそれは隙間が空いている限りでのことではある。襖が完全に閉まってしまえば、断絶という、冗談ごとではないような恐怖に襲われるだろう。
冬佳は布団から出て、明かりの方へ向かった。
そして覗いてみた。
かぼそい光のなかは、煌めき立っていた。
美しい、と感じる心が、不思議なことに、断絶を促すようだった。
ぼやけた白い光の只中に、四角い暗がりが見える。簡素なテーブルの脚と、複雑に入り組んだように見える16本の椅子の脚だった。その陰の中にはさらに、4本の人間の脚もあった。ほっそりとした白い脚と、すね毛がもじゃもじゃした武骨な脚が、密着しあっている。
しばらく見ていると、明るみに慣れて目が冴えるどころか、彼女は却って眠気を催した。
もう布団のなかに戻らなければ――、と。
しかしそれでいて、もう少し見ていたいのだった。
だがやはり眠い・・・・
すると、鈍い頭が理屈に合わない思いつきを閃かせた。
このまま襖を閉じれば、写真のように永久に保存されるのではないか、と。
冬佳はフィルムというものを知らない。写真といえば、デジタル記号のそれだった。
この企みはいたずら心でもあった。
『しししっ』と冬佳は、心のなかで声を抑えながら笑い、くすぐったい指先の不安と緊張を味わいつつ、そっと襖の隙間を閉ざした。
( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>