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ショートステイ

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クリエイター・リンク集「バスを待つ間に触れられるものを探しています」
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#小説

海へとつづく国道で

海へとつづく国道で

遅くまで仕事をした日、わたしはときどき少し遠回りして国道を歩いた。

色とりどりの光を放つ大きなトラックや、風だけを残してあっという間に見えなくなるバイク。犬と一緒に夜の散歩をするご老人、ファーストフードから出てきて自転車にまたがる塾帰りの中学生。

まばらな街灯と星明かりの下で、みんな夜に半分姿を隠されている。誰かの気配を存分に感じるのに、誰も彼も干渉はしあわない。それぞれの人生が一瞬だけ交わる

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仲間を探す

仲間を探す

 仲間が欲しくなったので問屋へ行ってみた。
 それは昭和の頃に作られた古い橋の下にひっそりと建っていた。レンガ造りの小さな建物で、ピザを焼く竈と言われても納得できそうだ。
 全体が蔦やなんかでめちゃくちゃに覆われ、近くには幅の広い川が流れている。流れも速い。ネットの情報によると、大河ドラマなんかでたまに使われるらしい。

 赤いドアは薄汚れている。誰もここを掃除しようだなんて思ったりしないのだ。ガ

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透明なまま
電車に乗り込む
空いている車内なら
誰かにバレることなく
網棚に寝そべっていられる
長い長い
通勤だからそれがいい
そのうち
満員列車になって
人々の蒸気が立ち込める
もやもやが
透ける体と心を侵してくる
そろそろ降りて
色付き人間に戻らなくては
みなさん
おはようございます

居座る人

知らない人が
代わりばんこに毎日
わたしの部屋で
わたしを待っている

はじめの人には
大層驚いて
尋ねたり諭したり
怒ったり脅したり
などして
実力行使に出たが
うんともすんとも言わず動かず
居座りは解けなかった

警察も呼んだが
物語の紋切型よろしく
他人には見えないようで
気がつけば
わたしは
異常者だということになった

さて
居座る人は
次の人も次の人も
次の人も次の人も
一日で消えてゆ

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待ち合せ

待ち合せ

 自販機から、3メートル50センチ離れた、

 カーブミラーの真下が、

 わたしたちの、いつもの座標点だ。

 わたしは、君に「会おう」と云われれば、

 12秒以内に、そのポイントに到達できる。

 だけれども、君もおんなじくらいの速度なので、

 いつも、毎度、重なってしまう。

 そして、視界が真っ暗になる。

 人の中身って、案外黒っぽくて、静かだ。

 その、居心地の良さに、いつも酔っ

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坂道

話が長いのが苦手だ。というか多分、つまらないから早く話を終わらせたいのだと思う。間延びしている会話はじれったくて仕方がない。良かれ、と思って話を広げられるのも嫌だ。リズムよく必要なことを話して、次のステップを踏みたい。長い時間を共に過ごせば、みたいなことで生まれる一体感みたいなものは幻想だと思っている。余白は必要だけれど、それは誰かと共有しなくても良い。やりたいことは沢山あるのだ。人が集ったという

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表現の自由

表現の自由

「素晴らしい。こんな絵は見たことがない。これは人類が持つ闇と澱を象徴的に表している。これほど、光と影が織り成す心象風景を一個人の視点から世界にまで拡張している絵は近年見たことがない。しかもそれが極めて自然な筆致で再現され、嫌味がない。直線的で静的な集合体であるそれぞれの線が、ある一定の距離を保つと動的で曲線的な生き物と化しているようにも見える。まさにこの絵からは作者である君の彷徨と咆哮が聞こえてく

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羽毛

羽毛

 翼が生えた。

 まさに、天使のような、純白で、ふわふわと気持ちの良さそうな、羽毛だ。

 行きたかった場所がたくさんある。

 さっと飛んでいって、さっと帰ってこよう。

 いろいろな場所を、見て回ろう。

 そう思い立って、まさに、立ち上がったのはいいのだけれど、

 翼が重い。

 そう、これが、この世のものでないように、重いのである。

 たしかに、人間に翼が生えるという事態、自体が、

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コップの水

人は距離感を間違える生き物だ。満員電車は当たり前で、その空間の苦痛は我慢すべきものとして理解されている。孤独な人の痛みを知らないで土足で踏み荒らしていく人はとても多い。一人一人の身体の距離感や心の距離感はなかなか尊重されない。自分だけの場所をゆっくりゆっくり耕していきたいのに、それさえ許されないことばかりだ。果たして人は、群れることで失うものの行方を目で追っているだろうか。手放してきたことたちの重

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『遠足のしおり』

『遠足のしおり』

「9:00am 上野 寛永寺を見学」

幼い手書きの文字で、そう書かれた四折りの紙を片手に、池袋から外回りの山手線に飛び乗る。

いかにも子供の“お手製”といわんばかりの、この『遠足のしおり』は、小学生のわたしが病院のベッドの上で、妄想と憧れに委せて書き溜めていたもののうちの1枚だった。

1週間前。

「君のことはキライじゃないけど・・・」

10年来の彼から、まさかの“恋の戦力外通告”を受けた

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うそつきは或いは作家のはじまり1

ブルーハワイを食べると舌が青くなるのは、
アリが歩くときの足音はその個体によって
音階が違うってくらいに当たり前だ。
ちなみに女王アリはファのシャープが多いらしい。
そして青くなった舌はトマトジュースを飲むことで
すぐ元に戻る。
だからってここんとこブルーな僕に
奴はトマトジュースを手渡してきた。
ったくこれで解決できるなら恋なんてしない。

背表紙

背表紙

選ばれなくてもいいので、目で追ってください。

ただ、整然と並べられた、背を、

目で撫でてくださればそれで結構です。

できれば、ゆっくりと、ゆっくりと。

開いて見なくてもいいので、思い描いてください。

あなたが、読みたい物語を、

丁寧に想像して、味わって見てください。

タイトルを覚えてくださればそれで結構です。

できれば、たっぷりと、たっぷりと。

【ショートショート】忙しい1日

【ショートショート】忙しい1日

今日は本当に忙しい1日だった。

朝起きて、学校に遅刻しそうだったもんで、走って学校に向かっていると、
曲がり角でパンをくわえた女の子とぶつかって、口論になって、

学校に着くと、先生が「今日は転校生がいます」と言って、紹介されたのが、まさかのさっきの女の子で、しかも僕の隣の席で、

休み時間にその子と話してたら、急にその子が、「あなたは選ばれし勇者なの」と言ってきて、

どうやらその女の子は、パ

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月まで気球を

わたしという気球は
案外
運良く
すぅと浮き続けている

だいたいのルートに
山もなく
乱気流もない

たまには
のどかな田舎町に降りて
野犬に追い回されたり
偽物の商売を斡旋されてり
そんなことは
あったけれど
平時は
すんなり飛んでいる

澄みわたる空
輝く空
景色は三次元に素敵だ

ふと
宇宙まで
高く昇る
派手な気球を見上げる

感心する
うらやましく思う

実は
わたしは
いつか
月に上

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