みずき
この世界のどこかにある街、〈ハナメガネ・タウン〉。 “どこかにある”ということ以外、この街についてわかっていることは実はあまり多くありません。 というのも、街全体をおおうレンズの歪みのせいで、この街の世界線はほんのちょっとずれたままになっているのです。 ミモザは、そんなハナメガネ・タウンで愛猫のモネとごきげんに暮らす少女。 〈ピンキー・ディンキー・ドーナツ〉ではたらく彼女の日記を、レンズ越しにこっそりお届けします。
素敵な夢が見られるように、素敵な明日が迎えられるように。寝る前3分で読める、〈短いものがたり+短歌+写真〉がひとつになった作品集です。
毎週水曜日21時に、Twitterで毎日投稿している短歌と写真の1週間分をまとめてお届けします。
【お知らせ】ちょっと本業が多忙につき、しばらくの間投稿をお休みします。 再開するときはまた同じように週2回投稿していきますので、よろしくお願いします!!
こんにちは、みずきです! いつもお読みいただきありがとうございます。 またまたやってまいりました、短歌のこと3。 夏が終わってしまいましたね。花火もお祭りもなにもなかった夏が。 でもこのなにもなさもいつか「思い出」みたいな懐かしさをまとったりするのかなと思ったりしています。そうなればいいなあ、と。 そんな気持ちで選んだ10首です。 はりきってどうぞ! *** かなしみに濡れたリトマス試験紙にアルカリ性を示す変色 宇宙ごと揺らせば星の鳴る音を夢の終わりでしゃら
ホワイトレディと名づけた、夜の間だけしゃべるビーズのネックレス。 1600年ごろに消滅したカロニアという国から持ち主を変えてやってきた彼女は、あたしの枕元で毎晩、500年もの時間に経験した物語の数々を聞かせてくれた。 長いことひとり(と一匹)で暮らしてきたあたしにとって、物語を聞きながら眠りにつく感覚はとても不思議なもので、夢の中までその物語が地続きになることもよくあった。 それだけでなく、彼女の話からはカロニアとここハナメガネ・タウンの共通点がいくつも感じられた。
どこにも行けなかったあの夏に、ぼくたちはただモノポリーをしていた。 コーラはとっくに気が抜けて、溶けた氷で味も薄くなっている。蝉の声が体内に直接響いて、汗をわきあがらせる。 クーラーの効かない四畳半の部屋では、どんなに大量の札束でさえ扇風機ほどのありがたみもない。 それでもぼくたちは、狂ったようにモノポリーばっかりしていた。 ふとそんな、遠い日の記憶を思い出す。体中に蝉の泣き声を浴びながら。 なぜそんなに熱中していたのか、その理由はもはや、よく思い出せない。思い出せ
「やれやれ、わかってると思うがおれ、今日は非番だぞ」 モレッティ巡査は、不満を隠そうともせず電話口に向かって言った。 隣にはくたびれたテディベア、着ているのはコットン100%のタータンチェックのパジャマ。1日のうちで至高とも言える、夢へと落ちるその瞬間。まさにそのタイミングを狙ったかのようににベルを鳴らされたのだから、たまったものではなかった。 「でも、緊急事態なんです。きりんが、ももいろのきりんが」 相当取り乱しているらしい。電話口の向こうで部下は、なにやらよくわか
なに、あたし?今あなた、あたしに話しかけてんの? たいがい暇なのねえ、こんな路上の酔っぱらいに興味を持つなんてさ。 まあ、いいわよ。あいにくあたしも、時間だけは持て余してるの。そこのコンビニで缶チューハイ奢ってくれたら、何万年だって、何十万年だって相手してあげる。 え、それは長すぎるって? ……ふん、気楽でいいわね。生きるってことがなんなのか、わからないうちに生き終えるのって、ほんと幸せなことだと思うわ。 ああいや、なんでもない、こっちの話よ。 それよりもねえ、問
橋の向こうから、杖をついた少女が歩いてくる。 数歩先をたしかめるようにコツコツと杖で叩いている。目が見えないのだろうか、と思いつつ、そういうようにも見えなかったのは、彼女が微笑みを浮かべながらきょろきょろとあたりの景色を愛おしそうに眺めていたからだ。 すれ違う瞬間、彼女があたしを見て軽く会釈をしてきた。 あたしもつられて頭を下げながら、なんとなく挨拶をする。 「こんにちは」 「こんにちは」 少女は嬉しそうにあたしを見て笑うと、足を止めた。 「何を見ていたんですか
帰り道の途中に、小高いやぐら造りの鐘がある。 ずっと当たり前にそこにあるから、その鐘が鳴る音を聴いたことがないというのも、どうしてそこにあるのかも、考えたことがなかった。 そんなことをふと思ったのは、今日、学校でいやなことがあったからだ。 悔しくて、みじめで、ひとりで歩く帰り道が途方もなく長い。 それでも「下を向いて歩いたら、幸せが逃げていく」と小さい頃から言われつづけていたからか、つらいときほど上を向いて歩くくせがぼくにはあった。 気がゆるむとあふれそうになる涙を
こんにちは、みずきです。 久々の「短歌のこと」です! 普段つくりためているけれど、物語には発展しなかった短歌たちをまとめてご紹介します。 今回は、最近のものからすこし昔のものまで、夏物を集めてみました。 ちょっと気になるもの、が見つかればうれしいです。 それではどうぞ! *** サンダルをつっかけちょっと月までと言ったっきりのさびしい玄関 ぼうけんのきろくを残す本棚に机の下に裏庭の木に 張りつめて腐りきるまで見つめてた月下美人の昼に咲くこと かろらんと氷の
「そこ」は、なにもない、ただのまっくろな空間でした。 いえ、ほんとうはそうではなかった。ものがあり、形があり、命があった。けれど、少女にはどこを見ても一面の黒に思えるのでした。 かごいっぱいにもぎ取った星のかけらを売って、生活の足しにするために彼女は「そこ」へやってきました。 「星のかけらは、星のかけらはいりませんか?」 手当たり次第やみくもに、少女は声をかけ続けます。 手にした星のかけらは、ほんのわずかに手元を照らすばかり。かごいっぱいの星たちも、かろうじて自分が
あんまり、一目惚れというものをするたちではなかった。 あたしは、だいたいのことはなりゆきのままに、なにが起きてもそこまで大きく動じることはない、そう思っていた。 アンティークショップのショーウィンドウに飾られたそのネックレスを見るまでは。 それは普段あまり行かないエリアを散歩していたときのことだった。 あ、こんなところに新しいアンティークショップができている。そう気づいてあたしは足を止めた。 “新しい”と思ったのは、前にここへ来たときにはなかったという意味で、そのお
その扉は、生い茂る植物にうずもれるようにそこにあった。 一見すると小さな丘のような地面のふくらみ。むせかえるほどの、植物や花や土のにおい。そもそもそこに扉があることに気がつく人はとても少なかったし、気づいたとしても、なぜそこに扉があるのかは誰も知らなかった。 その扉には大きな南京錠がかかっていて、開けることができないのだ。 南京錠は、もう何年も開けられていないかのように錆びつき、絡まりつく草木の中に溶けこんでいた。 下についた鍵穴は不思議な形をしていた。どんなに腕のあ
ハナメガネ・タウンはその真ん中を流れる川を軸に、ちょうど右と左にまるくひろがっている。 言うなれば、“右のレンズ”エリア、“左のレンズ”エリアという感じだ。 たとえばあたしとギムレットの住むササキ・ハイツは左レンズの下の方、ピンキー・ディンキー・ドーナツは国道が走る左レンズの真ん中らへん、ペンネの勤める研究所は右レンズの際の際、森の奥にある。 そして、右レンズの真ん中あたり、上から見たらちょうど黒目にあたるのが、マルタ広場だ。 マルタ広場は石畳敷きの円状の広場で、とこ
二度寝のまどろみをつんざくように、トランペットとアコーディオンとシンバルの華やかな行進曲が耳に入ってきた。 ギムレットが驚いてブランケットにもぐりこむ。ずいぶんと派手で賑やかなあれはいったいなんの音なんだろう。寝ぼけた頭で思考をめぐらせるけれど、全然ピンとこない。 窓を開けて身を乗り出し眺めると、それは何かのパレードのようだった。 メビウス通りをゆったりと横切る賑やかな集団。楽隊を先頭に、派手な衣装に身を包んだ人々が、象やくまを引き連れて歩いていく。 隣の窓からはビア
ほんの少し長い目で挑戦したいことがあり、これからしばらくのあいだ、月水土の週3回だった投稿を水土の週2回にします。 お試しなので、スパンはまた微調整するかもしれません。 よろしくお願いします!
ピンキー・ディンキー・ドーナツでは、レジ前のショーケースに各種ドーナツを取り揃えている。 どれもオーナー兼シェフであるデイジーの力作で、まず世界でいちばんおいしいドーナツであることは間違いない。 ただ、うちのドーナツの特徴はそれだけではなかった。 というのも、彼らはひまさえあればしゃべりだすのだ。 ショーケースに20個ドーナツが並んでいれば、20個がそれぞれに何かしらの主張をする。もうほんとうに、やかましいったらありはしない。 「ナンデモカッテケ!」 「オレソトノ