宇宙警察
「やれやれ、わかってると思うがおれ、今日は非番だぞ」
モレッティ巡査は、不満を隠そうともせず電話口に向かって言った。
隣にはくたびれたテディベア、着ているのはコットン100%のタータンチェックのパジャマ。1日のうちで至高とも言える、夢へと落ちるその瞬間。まさにそのタイミングを狙ったかのようににベルを鳴らされたのだから、たまったものではなかった。
「でも、緊急事態なんです。きりんが、ももいろのきりんが」
相当取り乱しているらしい。電話口の向こうで部下は、なにやらよくわからないことをわめいている。
「きりんがどうしたんだよ」
そう言いながらもモレッティ巡査は、なんとなくいやな予感がしていた。
部下からの要領を得ない電話を切ると、制服に着替えて宇宙船に乗り、すぐ現場へと向かう。
モレッティ巡査は、宇宙警察の銀河系駐在所勤務の警察官だ。
宇宙の、特に管轄内である銀河系の秩序や平和を守るのが彼ら宇宙警察の役割。地球の警察官と違うのは、宇宙で起こることは基本的に夢の世界と直結しているということだった。
夢で見ていることは、想像などではない。眠っている間退屈しないように、宇宙で起きていることが、リアルタイムでまぶたのスクリーンに映し出されているのだ。
そして、逆もしかり。誰かの夢で起きたことはそのまま宇宙に発生する。宇宙と夢は相関関係にあるのだ。
だから、脈絡がない。なんでも起こりうる。せめて人々が悪夢におびやかされずに安心して眠れるよう、彼らが日々巡回をしてその平和を守っているのだ。
「巡査、ももいろのきりんが」
現場につくなり、電話口でさんざん口にしたその言葉をまた部下は口にした。でもモレッティ巡査はそのときにはもう、すべての意味を理解していた。
この宇宙でいちばんやっかいなこと。
それは、星を盗まれることだった。あるいは星の位置を動かしたり、勝手に増やしたりすることも同様だ。
星の位置が宇宙のすべてを司っていると言っても過言ではなかった。少なくとも彼らはそう教えられてきた。
星の均衡が少しでもずれれば、銀河系そのものが消滅してしまう可能性さえあるのだ。
そして、誰かの夢から派生したであろうももいろのきりんが、今、彼らの目の前で星を食い荒らしているのだった。
普通星は、誰にも手が届かないように徹底的に管理されている。
でもそのきりんは、そのあまりに長い首のせいで、軽々と星に届いてしまっているのだった。
「まいったな、こりゃ」
派遣された宇宙警察たちが必死できりんを抑えようとしている。でもそれは、ごまつぶが猫の足にしがみつくようなもので、ちっとも意味を為さないのだった。
ぼうっとしている間にも、宇宙の秩序がどんどん変わっていってしまう。
「最後の手段だな」
彼はそうつぶやくと、きりんの目をじっと見つめた。きりんは束の間、その視線に応えるように巡査のことを見下ろす。
すかさずモレッティ巡査は、駐在所の黒電話のダイヤルをくるくると回し、電話をかけた。
「ん……もしもし」
答えたのは、少女の声だった。まどろみに全身を委ねているようなやわらかな声だ。
「これは、まだ夢?」
回らない舌でそう尋ねる。
「そうだよ、これは夢の電話。きみの夢を今から、もっと素敵なものに変えてあげるからね。どんな夢がいい?」
モレッティ巡査は、やさしくそう少女に語りかける。
「お母さんが出てくる……夢がいい……」
その言葉を最後に、電話は切られた。モレッティ巡査はほとんど深呼吸のような一息をついて受話器を下ろす。
「巡査!きりんが消えました!」
部下が興奮気味に駆け寄ってくる。
ほんとうは、他人の夢に介入することは禁じられていた。でも、緊急の場合にはときどきこうして、強制的に見ている夢を変えることもあるのだった。
「まだ仕事は残っているぞ」
そうひとりごちると、電話口の少女のために、幸いまだきりんに食べられずに残っていた星に住んでいた彼女の母を連れてくる。
もう一度電話をつなぎ、少女の母へと替わる。
夢の中だけで交わされる、親子の会話。少女が今どんな表情をしているのかはわからない。でも、母親の顔にはとても穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ほんとうは、こんなことしちゃだめなんだけどな」
苦笑しながらそうつぶやく。
「いや、さすがですよ巡査」
「できればきみに、こういう判断をしてほしかったよ。おれは今日、ほんとうは非番なんだ」
こうしてモレッティ巡査の安眠と引き換えに、今日も宇宙の平和と、少女の幸せが守られたのだった。
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ももいろのきりんが星を食べたので宇宙警察本日出動
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