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おしゃべりなビーズ

あんまり、一目惚れというものをするたちではなかった。

あたしは、だいたいのことはなりゆきのままに、なにが起きてもそこまで大きく動じることはない、そう思っていた。

アンティークショップのショーウィンドウに飾られたそのネックレスを見るまでは。

それは普段あまり行かないエリアを散歩していたときのことだった。

あ、こんなところに新しいアンティークショップができている。そう気づいてあたしは足を止めた。

“新しい”と思ったのは、前にここへ来たときにはなかったという意味で、そのお店自体は存在そのものがアンティークかのように、さびれて、しっくりと景色に馴染んでいた。

だいたいがこのハナメガネ・タウンで、ほんとうに“新しい”ものをあまり見たことがない。すべての物質が街の中だけで循環しているようだ。

木の扉に掲げられた木の看板には「カロニア」とだけ書かれていたから、それが店名なのだろう。

ショーウィンドウの奥には、船の模型、おもちゃのパズル、テディベア、黄色いドレス、バレリーナのオブジェのついたオルゴール、飛空挺の絵、などいろんなものがところ狭しと並べられていた。そのどれも、かつて誰かに愛された面影が残っていた。

そして、その一角に、くだんのネックレスはあった。

陶器でできた宝箱のようなジュエリーボックスから主張するように少しはみ出て置かれた、ビーズ造りのネックレス。

一見するとそのビーズは透明のようだった。でもよく見れば、光のあたり具合によってどんな色にもきらめく。ほんの一歩横にずれただけでもそれまで見ていた印象とまるきり変わってしまう。なぜだかあたしはその思い通りにならないうつくしさに、一瞬のうちに囚われてしまった。

「それ、この店名の由来にもなっているのよ」

いつの間にかデニムのオーバーオールを身に纏った女性があたしの横に立っていた。胸につけられた「マヨイ」という名札で店員だとすぐにわかる。髪をふたつに結えて、棒付きキャンディを舐めるその姿は、子どもにも大人にも見えた。

「カロニア?」

「そう。1600年ごろに消滅した、ヨーロッパの国なんだけどね。あまりに閉鎖的で、どんな風に栄えたか文献もほとんど残っていない不思議な国なの。今もまだどこかに存在するという説もあるくらい。そのネックレスは当時のカロニアでつくられたものなのよ」

「どうしてこれがそんな謎につつまれた国のものだってわかるのかしら……」

そう尋ねると、おかしくて仕方ないというようにマヨイさんは笑った。

「ああ、言われてみればそうね。あまりにも明白で、そんなこと考えたこともなかったわ。説明するのは少しむずかしいけれど、あなたも買えばわかる。それは保証する」

「あの、じゃあこれください」

話を理解するよりも早く、あたしはそう答えていた。カロニアという国にどこかこのハナメガネ・タウンと通じるところを感じたから、という理由を、少し経ってから心の中でつけたした。

「いいけど、けっこうするわよ」

「いいんです、これがほしいんです」

何があたしをそこまで駆り立てるのかは正直よくわからない。でもあたしは、鼻血が出そうなほどの額を思い切って飲み込んで、ぼんやりと夢を見るような気持ちで家路についた。

愛猫のギムレットがじゃれようとするのをうまくかわしながら、家に帰ってからもあたしはそのネックレスを眺めつづけた。太陽が西に傾き、やがて地上にしずみ、すっかり夜が更けていたことにも気づかずに眺めつづけた。

ハッと我に返ったのは、そのネックレスが突然しゃべったからだ。

「次の持ち主はあんたかい」

しわがれた老婆の声。

慌てて左右を眺めるけれどもちろん他に誰もいない。今の声は間違いなく、このネックレスから聞こえた。

「あたしはね、夜の間だけこうして言葉を交わすことができるんだよ」

ネックレスはもう一度しゃべった。

「前の持ち主、つまりマヨイだね。彼女は毎晩店を閉めるたびに、決まってあたしにいろんな話をねだったね。なんせあたしは500年もの時を経てここにいるんだ。そりゃあもういろんな経験をしているんだよ。話題には事欠かないってわけ」

「そうなの。それで、あなた名前は?」

「おや、おかしなこと聞くねえ。500年生きてきて、あたしの名前を尋ねたのはあんたがはじめてだよ。ネックレスに名前なんてないさ。まあ、呼びたければ好きに呼んでくれたらいい」

だからあたしは、彼女に“ホワイトレディ”と名前をつけた。優雅な貴婦人のようなたたずまいと、何色にも染まる不思議な質感。

彼女はまんざらでもないようだった。

それからあたしもマヨイさんのように、いろんな話を彼女から聞くことになるんだけど、長くなるからそれはまた別の機会に。

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