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音のないミュージカル

ホワイトレディと名づけた、夜の間だけしゃべるビーズのネックレス。

1600年ごろに消滅したカロニアという国から持ち主を変えてやってきた彼女は、あたしの枕元で毎晩、500年もの時間に経験した物語の数々を聞かせてくれた。

長いことひとり(と一匹)で暮らしてきたあたしにとって、物語を聞きながら眠りにつく感覚はとても不思議なもので、夢の中までその物語が地続きになることもよくあった。

それだけでなく、彼女の話からはカロニアとここハナメガネ・タウンの共通点がいくつも感じられた。

あたしはカロニアの話を聞きながら、どこか懐かしいような安心した気持ちで眠ることができるのだった。

「ねえ、今日はどんな話を聞かせてくれるの」

ベッドに潜りこんだあたしがそう言うと、本棚の上の定位置であくびをしていた愛猫のギムレットもいそいそとホワイトレディのもとへ歩いてきた。

「そうだねえ、じゃあ、カロニア国王の話でもしようか」

そう言って彼女は、ふたつ咳払いをして話をはじめた。

その頃わたしは、カロニアの城で働く掃除婦の家宝だった。

毎日彼女はわたしを首に下げて勤めに出ていてね。おかげでわたしもいろんな経験をしたよ。

当時のカロニア国王は、生まれつき聴力が弱くて、13歳になるころにはもうまったく何も聞こえないという状態だった。

だから、城はとっても静かなものだった。音楽をかける必要もないし、会話はすべて手話で行われるからね。みんな王が好きだったし憧れてもいたから、従事人たちもなんとなく音を立ててはいけないような気持ちになっていたんだろう、まるでわたしも聴力を失ったのかと思うほどに、それは見事に城中が無音につつまれていた。

ところがある日、王が城に勤めるすべての者を呼び出してこう言ったんだ。

「頼むから、ぼくから音を奪わないでくれないか」

城の者たちはその言葉の意味をつかみかねて、隣同士顔を見合わせた。

王は続けてこう言った。

「ぼくにはわかるんだ、君たちが音のない世界を生きていることが。勘違いしないでほしい、ぼくは耳が聞こえないわけじゃなく、ほかの人と違う音が聞こえているんだ」

なんというタイミングだろうね、そのとき、わたしを紡いでいた糸が突然切れて、ビーズが城の床じゅうにバラバラと飛び散った。わたしはなんと言ってもほら、一粒一粒が大きいから、それまで無音だった城には大きな音が響き渡った。

「すみません、王様、わたし……」

わたしの持ち主は慌ててビーズを拾い集める。それを見て王様はとても嬉しそうに

「そう、これだよ。ぼくには今、とても素敵な音が感じられた。鼓膜は振るわなくても、直接感じるんだ。今の音はとてもよかった」

と言った。

しばらくの沈黙のあと、城の者たちはまた顔を見合わせて、誰からともなく手を鳴らしはじめた。

足を踏み鳴らす者、歌い出す者、倉庫にしまったままのトランペットを吹き鳴らす者、めいめいがそれぞれの音を鳴らし、やがてそれはひとつの奇妙な音楽になった。

王様はとても幸せそうに、その光景を見ていたね。

それからというもの、城には音が戻った。

戻ったなんてもんじゃない、むしろ毎日がミュージカルさ。

料理を作る音、掃除をする音、会話もすべてが音楽だった。それはそれは愉快な毎日だったね。

王様にはどんなふうに聞こえていたかは誰にもわからない。でも、彼にはきっとわたしたち以上に美しいメロディが聞こえていたのだと思うよ。

城中のすべての音がつくり出すへんてこなビートに合わせて、彼が小さく足を踏み鳴らしていたのを、わたしは今でも忘れられないのさ。

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