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路上のムーンドランカー

なに、あたし?今あなた、あたしに話しかけてんの?

たいがい暇なのねえ、こんな路上の酔っぱらいに興味を持つなんてさ。

まあ、いいわよ。あいにくあたしも、時間だけは持て余してるの。そこのコンビニで缶チューハイ奢ってくれたら、何万年だって、何十万年だって相手してあげる。

え、それは長すぎるって?

……ふん、気楽でいいわね。生きるってことがなんなのか、わからないうちに生き終えるのって、ほんと幸せなことだと思うわ。

ああいや、なんでもない、こっちの話よ。

それよりもねえ、問題、あたしは誰でしょう。

そんなにまじまじ覗きこまないでよ。知り合い?じゃないわ。有名人ですかって、まあ、そうね、そんなところ。

ふふふ、そんなに気まずそうにしないでよ。わからなくて当然。あたしは普段は、あそこにいるからね。そうよ、比喩とかじゃなくて。ほらあのへん。あの三等星のちょっと右くらい。今少し雲が霞んでるあたり。

天使ですかって、ずいぶんロマンチックなこと言うのね。

そうねえ、それもいいわね。あたしが天使か、うん、悪くない。

でも、はずれ。

正解はね、月。

え、じゃなくて。お月さま、なのよあたしは。

ほら、空、ないでしょう、月。だって今日は新月の日だから。新月の夜だけ、こうしてあたしは自由に動き回れるのよ。

幸せそうでいいなって?

まあ、最初はねえ、そりゃあいろんな場所に行ったわ。やりたいこともたくさんやった。人間たちが生まれる前から、今に至るまでね。プテラノドンの翼にさわったし、海底を走る電車にも乗ったし、戦禍に誕生日を迎えた少年の口ずさむ歌も聴いた。

あたし、この星の歩き方には詳しいのよ。

でも、もう全部やっちゃったの。やりたいことがなくなっちゃった。

だから、しばらく前から、新月の日はここで飲んでる。持て余した時間のそのおびただしさから、現実逃避してる。

時間なんて、持ちすぎるものじゃないわ。これほんとの話。

限りがあるからこそ、知らないことがあるからこそ、すべてのものは輝くのよ。あたしはそれが幸せだと思うわ。

あ、信じてないでしょう。酔っぱらい女の戯言だって、顔にそう書いてある。

まあ、それでもいいよ。真実はどっちと思ってくれたっていい。ほんとと嘘に、どうせたいした違いなんてないんだから。

そろそろ夜が明けるね。あたしもう行かなくちゃ。

缶チューハイありがとう。じゃあね、新月の夜はまたあたしのこと見つけてね。

バーイ。


***

満ちるのもラクじゃないわと缶チューハイあおる路上の青い新月

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