ドーナツの穴
ピンキー・ディンキー・ドーナツでは、レジ前のショーケースに各種ドーナツを取り揃えている。
どれもオーナー兼シェフであるデイジーの力作で、まず世界でいちばんおいしいドーナツであることは間違いない。
ただ、うちのドーナツの特徴はそれだけではなかった。
というのも、彼らはひまさえあればしゃべりだすのだ。
ショーケースに20個ドーナツが並んでいれば、20個がそれぞれに何かしらの主張をする。もうほんとうに、やかましいったらありはしない。
「ナンデモカッテケ!」
「オレソトノセカイシッテル」
「トケイダイニハヒミツガアルヨ」
その脈絡のなさは小さな子どもみたい。ショーケースの中は幼稚園のようなたいへんな賑わいなのだ。
前に一度、デイジーにどうにかならないのかと尋ねたら、
「そりゃああたしの子どもたちと思いながらつくっているもの。しゃべるくらい当たり前。もっと時間が経てば大人になって少しは静かになるかもね」
とあっけらかんと言われてしまった。それからというものあたしに残された選択肢は、この賑やかさに慣れるということだけだった。
ドーナツの声が聞こえるのはどうやら店員だけらしい。お客さんにクレームをつけられたことはないし、あたしがここのお客さんだった頃には聞こえなかった。
それをいいことに、あたしはお客さんのいないひまなとき、このドーナツたちとおしゃべりをして時間をしのいでいる。
「ドーナツにとって、しあわせってなに?」
ひとつの質問に、20個くらいの答えが一斉に返ってくる。だから結局、あたしが彼らについてわかっていることは今のところひとつもない。
けれどそんな不毛なやりとりを延々楽しんでいるうちに、シフトの時間が過ぎていたりするのだ。そしてあたしはまかない用にひとつ選んでトングでつかむ。
「コウエイダ!」
とかなんとか、選ばれたいっこは小さな金切り声をあげ、ショーケースに残されたやつらからはブーイングが巻き起こる。
「オレタチモツレテケ!」
あたしはそれを無視して、油の染みた茶色い紙袋を手に家路につくのだ。
紙袋の中でも元気よく何かをしゃべり続けているし、コーヒーで流し込んでいる間も何かしゃべっている。
ピンキー・ディンキー・ドーナツのドーナツたちは、とにもかくにもかしましい。
「ドーナツって、なんで穴が開いてるんですか?」
あるときあたしはデイジーにそう尋ねたことがある。まだ働きはじめてすぐの頃だ。
「やだあ。これは穴じゃなくてドーナツの口よ」
おなかのあたりでまだもぞもぞと何かをしゃべり続けていそうなドーナツを想像して、あたしはその言葉の意味を深くかみしめるのだった。
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