時計台のひみつ
ハナメガネ・タウンはその真ん中を流れる川を軸に、ちょうど右と左にまるくひろがっている。
言うなれば、“右のレンズ”エリア、“左のレンズ”エリアという感じだ。
たとえばあたしとギムレットの住むササキ・ハイツは左レンズの下の方、ピンキー・ディンキー・ドーナツは国道が走る左レンズの真ん中らへん、ペンネの勤める研究所は右レンズの際の際、森の奥にある。
そして、右レンズの真ん中あたり、上から見たらちょうど黒目にあたるのが、マルタ広場だ。
マルタ広場は石畳敷きの円状の広場で、ところどころにベンチが置かれただけの簡素な広場だ。奥には市役所があって、まるで市役所の庭のようにも見える。
遊具もなければ自然豊かなわけでもないこの広場が、それでもハナメガネ・タウンのひとつのシンボルになっている理由は、なんといってもその中心にある大きな時計台によるところが大きい。
れんが造りのその時計台は、いったいどれくらいの時間を刻んできたのか、絡まる蔦もものともせずに広場の中心でどっしりと構えている。
そのたたずまいは、決して派手ではないのに、目を見張るような存在感があった。
この街の人は、何もすることがないときによくこの広場に訪れては、ただゆっくりと針が動いていくのを眺めていた。あたしも、ここでただ時間が流れていくのをぼうっと見ているのが好きだった。
そして、この時計台には“主”がいた。
時計台と同じく、いったいどれくらいの時間を刻んできたのかわからないおじいさん。もしかしたら、時計台と同時に生まれたのかもしれなかった。
彼はいつでも時計台のふもとにいた。ねじを巻いたり掃除をしたりしながら寄り添う姿は、まるで時計台そのもののようだった。
「どうしておじいさんは、ずっと時計台にいるの」
他に誰もいない昼下がり、あたしはおじいさんに問いかけた。
おじいさんはしばらく、愛おしそうに蔦の葉一枚いちまいをなでていた。声が届かなかったのかと思い、もう一度尋ねようと口を開いた瞬間、
「わたしがいないと、ここの時間は止まってしまうからね」
静かに、そう答えた。相変わらずその穏やかな笑顔は蔦の葉に注がれている。
開いた口をぱくぱくさせていると、おじいさんはあたしの方に向き直り、もう一度笑った。
「この時計が止まってしまうと、この街の時間全部が止まってしまうんだ」
「え、それって」
「きみは、この時計よりもこの街が先にあると思っているだろう。ほんとうは逆なんだよ。ここに時間が生まれた。だから、街ができた。この時計が止まってしまえば、この街も機能を止めるんだ」
「そんな」
「だから、わたしがここにいるんだよ」
そしておじいさんは、れんがを丁寧に拭いた。
「だいじょうぶ。世界はそんなふうにできてるってだけさ」
他に誰もいない、あかるい午後のマルタ広場は、やけに白昼夢のようだった。
この世界の儚いバランスに、くらくらする。
「じゃあおじいさんはいつからここにいるの」
「ふふふ、いつからだろうね」
ハナメガネ・タウンは、やっぱり何かどこかがちょっぴり不思議なのかもしれない。
時間のことを考えていると、なぜだかものすごい速さで、あたりは夕暮れていくのだった。
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