星売りの少女
「そこ」は、なにもない、ただのまっくろな空間でした。
いえ、ほんとうはそうではなかった。ものがあり、形があり、命があった。けれど、少女にはどこを見ても一面の黒に思えるのでした。
かごいっぱいにもぎ取った星のかけらを売って、生活の足しにするために彼女は「そこ」へやってきました。
「星のかけらは、星のかけらはいりませんか?」
手当たり次第やみくもに、少女は声をかけ続けます。
手にした星のかけらは、ほんのわずかに手元を照らすばかり。かごいっぱいの星たちも、かろうじて自分がここにいるのだとわかる程度のぼんやりとした光を放っています。
透明な人影が、ときどき彼女を横切ってまた闇に溶けていく。まるで、輪郭だけ見える透明人間のような。
「わたしも、あんな風に透明に見えているのかしら」
寂しいような、心細いような気持ちで少女はつぶやきました。
「どうして誰も、星のかけらを買わないのかしら」
なんでも飲み込みつくしてしまう闇に、彼女の声もまた吸いこまれていきます。
帰ろうにも、帰りの道がわからない。心もとなく足取りを進めていると、突然少女は何かにつまづいて転んでしまいました。
「あっ」
この時を待っていたかのようにかごから飛び出し、散らばる星たち。真っ暗で何も見えなかった「そこ」は、たちまち無数の星屑のかがやきに照らされました。
そのとき、初めて見えたものがありました。
星たちはてんでばらばらに飛び散ったのではなく、平面上に列をなすように一直線をつくりました。それはまるで、何かの境界線のような。
「海だわ」
少女は声をあげました。星たちは波に揺られながら、暗い海の水面をキラキラと照らしているのでした。
次第にあたりの景色がぼんやりと見えてきました。どこまでも続く、そこは夜の波止場のようでした。
透明な人影が港町を往来しています。なにもないどころか、「そこ」はとても賑やかな場所なのでした。
何もなかった「そこ」に、星屑が海と空をつくった。
どれも売り物にはならなくなってしまったけれど、少女はずっとその景色を見ていられるだけで幸せだと思いました。
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星売りの少女が派手にぶちまけたかけらが空と海とをわける
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