見出し画像

花のかたちの鍵

その扉は、生い茂る植物にうずもれるようにそこにあった。

一見すると小さな丘のような地面のふくらみ。むせかえるほどの、植物や花や土のにおい。そもそもそこに扉があることに気がつく人はとても少なかったし、気づいたとしても、なぜそこに扉があるのかは誰も知らなかった。

その扉には大きな南京錠がかかっていて、開けることができないのだ。

南京錠は、もう何年も開けられていないかのように錆びつき、絡まりつく草木の中に溶けこんでいた。

下についた鍵穴は不思議な形をしていた。どんなに腕のある鍵屋でさえ、きっとこの穴にぴったりはまる鍵をつくることはできないだろう。刻々と形を変えるアメーバのような鍵穴。

鳥がそのくちばしでつついても、リスやウサギがかじっても、南京錠はびくともしなかった。その鍵を開けられる存在は、世界にたったひとつだけ。扉を取り囲む、たくさんの植物たち。そのたった一輪だけが鍵穴にぴったり合う花を咲かせるのだ。

むしろ、その一輪にぴったり合うように南京錠がつくられていると言ってもいいのかもしれない。風や雨にさらされながら少しずつ成長する、その動きに呼応するように鍵穴は形を変えていく。

そして、やがて開いた花びらが鍵穴にぴったりとはまる。それまで梃子でも動きそうになかった強固な南京錠からかちりという小気味いい音がこぼれて、扉がゆっくり軋んだ音を立てて動きだす。

その扉の向こうにあるのは、「季節」だった。

春から夏へ、秋から冬へ。ある日とつぜんに、まるでドミノが倒れていくように、風がすべてをさらって空気のにおいや色をがらりと変えてしまう。その、季節の風が、色が、ありとあらゆるきらめきの粒が、この扉の奥には隠されていた。

肌にまとわりつく空気の質感が、鼻をかすめるまちのにおいが変わったら、それはこの扉が開かれたという証拠なのだ。

空気をゆらして次の季節がまちじゅうに広がると、扉はまた静かに閉じ、南京錠がおごそかにかけられる。鍵穴の形は次の季節を運ぶ花のために変えられている。

誰も知らないけれど、季節はそうやって移ろっていくのだ。


***

その鍵はひとりにひとつ渡されてどこで使うかみんな知ってる

最後まで読んでくれてありがとうございます。 これからもじんわり更新していきます。 気に入っていただけたらフォローしてくれるとうれしいです◎