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夕木春央「有栖川有栖嫌いの謎」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします

夕木春央「有栖川有栖嫌いの謎」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします

一 東京からは一日がかりだった。朝九時に品川駅で担当編集の水戸部氏と待ち合わせて、新幹線で岡山に向かうと、そこからは在来線とバスを乗り継ぐ。バスの本数が少ないから、停留所で二時間余りの暇つぶしが必要だった。
 夕暮れ前にバスを降りると、川の向こうに宿泊予定の温泉ホテルが見えた。遠目にもコンクリートのひび割れが明らかな、いかにも古い五階建てだった。見渡す限り、他に背の高い建物はない。
「なんだ、これ

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白井智之「ブラックミラー」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします!

白井智之「ブラックミラー」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします!

※『マジックミラー』(有栖川有栖・著)の真相に関わる記述があります。未読の方は必ず先にお読みください。

1 友人からメッセージが届くと気が重くなる。何か迷惑をかけただろうか。気を悪くするようなことを言っただろうか。僕は気を揉みながら十分くらいかけてメッセージを開く。するとたいてい、「最近どう?」とか「元気?」とかスカスカの麩菓子みたいな言葉が並んでいる。僕は胸を撫で下ろすが、返信を練るうち、今度

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二塁を廻れ

二塁を廻れ

晩夏の夜の雨。秋雨にはまだ早い時期だが、この間まで街を包んでいた熱気が嘘のように肌寒い。足を運んだチェーン店の居酒屋。平日という事もあり、客は少ない。
席を案内しようとする店員を制して彼を探す。すぐに分かった。

「元気?」
「まあ、そう言われたら、まあな、ぐらいで返すしかないよな」
テーブルを見るとまだお通ししかない。
「何年振りだっけ」
「卒業した後に一度野球部のOB会で集まったから4年振りぐ

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童話「砂ノ術師」

童話「砂ノ術師」

   ・゜゜・:.。..。.:・:゜・:.。. .。.:・゜゜・*

さらさら……
さらさらさら……

小さなガラスの中を砂がこぼれ落ちていきます。
さらさらの細かい砂。細かい細かい砂。粉と見まがうほどに。

さらさら……
さらさらさら……

空から降り注ぐ光がガラスと砂に触れて、きらきらとまばゆい粒を散らします。
光の粒となった砂はさらさらこぼれ落ちる間だけ、幻を映し出します。
それはたしかに幻

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鳩の図書館(ショートストーリー)

鳩の図書館(ショートストーリー)

昨年の「文学フリマ東京37」にて頒布された『鳩のおとむらい 鳩ほがらかアンソロジー』(発行:鳥の神話) 収録の「鳩の図書館」というショートストーリーを公開いたします。
本の話ということもあり、紙書籍で読んでいる雰囲気を味わっていただきたく、文庫ページメーカーを使用しました。(末尾に通常の横書きも掲載しております)
約2000字の作品ですので、気軽にお楽しみいただければ幸いです🕊

鳩の図書館

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【落選供養】坊ちゃん文学賞①

【落選供養】坊ちゃん文学賞①

昨年から公募に積極的にチャレンジしています。

note以前もやってはおりましたが結果につながらないため、モチベーションが続かず、どうせ読んでもらえないと公募を諦めていました。

でも公募って落選の方が多いんです。こんな簡単なことに気づかず諦めていた過去の自分に往復ビンタを送りたい💦

公募に積極的になった今、落選は増えるはずです!そこで、落選した我が作品をnoteで供養したくなりました。供養す

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令和五年の短編あとがき・覚え書き集

令和五年の短編あとがき・覚え書き集

 こんにちは。
 初めての方、はじめまして。

 毎年、最初の投稿は、昨年noteに発表した自作短編小説のあとがき、覚え書き、をまとめたものになります。令和五年は新作と改作を併せて、計七本の短編を投稿させて頂きました。

 いわゆる自己満足の企画ですが、私の短編を読んで下さった方、これから読んでみようという粋な方、読んではいないが創作の裏側に興味のある方など、この記事に付き合って下さる親切な方に、

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キャラクターにより深みを与える語彙力|monokaki編集部

キャラクターにより深みを与える語彙力|monokaki編集部

 こんな文章から始まる書籍が、1月19日に日本文芸社から発売される。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教える クリエイターのための名付けの技法書』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏による『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑 性格・人物編』。
 冒頭にはプロローグとして「自分が創作したキャラクターに語彙力で〝性格〟を与える」「『行動・心理・言葉』でキャラクター

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願いをめぐる二つの短い物語

願いをめぐる二つの短い物語

短編小説

◇◇◇

第一話 沛然叔父さんの厄落とし業

 ぼくの叔父さんは、昔から雰囲気を出すのがうまかった。

 普段はタバコなんて吸わない人なのだが、紙を巻いただけの細い筒を指で挟んでいるだけで、まるで火の点いたタバコを持っているようなふりをすることができた。しかも吸い慣れている喫煙者のような佇まいまで醸し出すから、一瞬、鼻と口から煙を吐き出すのを目撃した気にまでなってしまうのだ。叔父さんは

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童話「滝でひろわれた、おたきの話」

童話「滝でひろわれた、おたきの話」

 村のはずれの林の中に、ちいさな滝がありました。滝壺は泉になっていて、村の人たちはみな、そこから水を汲んでいます。

 雨上がりのある日のことでした。村の老夫婦が水を汲みにいきますと、泉のほとりにたくさんの蛇が群がっておりました。

「おや。あんなに蛇がいるとはめずらしい」

「さっきまでの雷雨で、山から流されでもしたんだろうか」

 二人がながめておりますと、中からなにか突き出されました。

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2023年 #小説 noteまとめ100作

2023年 #小説 noteまとめ100作

今年もたくさん読みました。



「noteで小説書いても読まれないよね」
「がんばって書いても読まれないとくるよね……」
「うっし、ならば年の瀬100作品読もう!」

……と、3年前にはじめた小説noteまとめ100作。今年もやってきました!どこかにいるかもしれない100ファンの方々、お待たせいたしました!

はじめたときと比べて、note公式さんの年末まとめに小説カテゴリ定着したり(うれしい

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小説/汐喰シーサイドホテル537号室

小説/汐喰シーサイドホテル537号室

 吹笛と共に飛び上がり、どんっと夜空に号砲を撃つ大きな雫のようにそれは起こって、わたしは遺灰を溢してしまった。でも自分が誰と衝突したかわからない。わたしは人の顔を見ないので。
 人の顔を見ない理由はいくつかある。まず第一に人の顔を見ると悪玉菌が善玉菌を殺してお腹を壊し、それから鼻が曲がって目玉が飛び出て口は耳まで裂けて舌が耳殻をぺろぺろ撫でてぴちゃぴちゃという音が脳髄まで到達する前に足のつま先から

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小説/汐喰シーサイドホテル517号室

小説/汐喰シーサイドホテル517号室

 歳を重ねるにつれて、夢と現実の距離が近くなった。目覚めながら夢を見ている。夢を見ながら目覚めている。ホテルの窓から見えるのは、白い空と灰色の海だった。
 涸れたプールの向こうにある砂浜を、ホテルの宿泊客と思われる家族が歩いている。痩せた母親とせむし男。その後ろを歩く二人の男の子は合成獣で、顔は人間なのだが、その体は蜘蛛だった。
 男の子たちは八本の節足を動かし、大きく膨らんだお腹を引きずって歩い

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小説/汐喰シーサイドホテル704号室

小説/汐喰シーサイドホテル704号室

「お願いだよ、この通り。な、な?」
父さんは 汐喰シーサイドホテルのフロントカウンターで両手を合わせる。
僕はカウンターに飾られた金色に光る〔Good-bye 2023〕の文字を見つめてる。
「海の見える部屋だって本当はひとつくらい空いてるだろ。な」
「申し訳ございません。あいにく満室でございます」
ホテルの人は同じ言葉を繰り返す。
「年越しの花火を子どもたちに見せたいんだよ。分かるよな。な?」

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