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台湾に最近誕生した神社!
青い空、白い雲、群青の海を背に朱色の鳥居が映える。その左側に人権とマリンスポーツの島、緑島を望む。ロケーションを説明しようとするとなんともカラフルな言葉が並ぶ。ここ台東八幡神社は、今から2年前2022年に創建され、おそらく台湾で最も新しい神社だろう。
元石清水八幡宮から分祀
2024年7月に短時間ながら2度訪問し、ご神職から設立の趣旨などをお伺いしました。この神社には台湾各地にいまださまよえる
ノスタルジック台湾 in 霧台鄉
実際には自分の記憶に無いのだが、なぜだか懐かしく感じる場面に出くわすことって無いですかね。たぶんあると思うんですよ。私の場合は、例えばこの写真のシーン。お婆ちゃんが孫を見つめる眼差し。
シャッターを押した時はそれほどでもなかったのですが、後から眺めてみるとなんだか懐かしい感じがしてきた。自分自身にはこれに相当する思い出は特にないのだが、、、
この時は民族文化を少しでも知りたいと思いながら近づいて
台湾にてバシー海峡戦没者慰霊祭に参加した
バシー海峡
日本にとって大切なシーレーンのネック、バシー海峡。全くの素人ながら、この海峡の重要性は昔も今も全く変わらないことは地図を見ればすぐ分かります。ここを自由に航行できるか否か、それが自分や自分の家族、隣人を含む多くの現在の日本人にとって生活に直結する重要な問題だと認識しています。
約80年前の惨劇
今から80年弱ほど前、この海峡を自由に航行する事ができず、10万人とも20万人とも言わ
玉山北峰(3858m)ソロ登頂記録 - 水切れ、幻覚、逮捕?疑似遭難。ルートも精神もUP DOWNの連続!
憧れの北峰(ベイフォン)
東アジア最高峰の玉山 3952m には幾つかの峰がある。
もちろん一番人気は主峰だ。ここは別格だ。その次は東峰3869m または北峰 3858m だろう。他に南峰 3844m もある。比較的行きやすい前峰 3239mなども人気がある。 西峰 3518m も魅力的だ。山頂近辺に神社の祠がある。東峰は垂直に近い岩場の登攀があり、初心者には難しい。北峰は、登山口からの累積
幸運に突き当たる偶然の確率を高めるために! 150年後の子孫たちを探して台湾高雄六龜區荖濃里に行ってみた
なかば当たりをつけながら質問をした。
私 : この写真の子供たちの子孫を探しています。知っていますか? どんな人達なのか、会いたいんです
この女性 : それは私達ですよ
私 : え~っ !
私が見せたのは、今から約150年前、1871年4月15-16日にこの地を旅した英国人の写真家ヨハントムソン(John Thomson)が撮影した写真(表紙の写真はトリミングしている)。
あふれる郷土愛。 - - - 海に向かって 讚(ツァン)! を叫び続けた女性 - - -
讚 !(ツァン)とは「良いね!」のこと
溢れる郷土愛
その女性の 讚 ! の連呼はもはや 郷土愛の爆発的発露だった。故郷の海を愛するあまり、溢れ出る感情が抑えきれないようでもあり、抑えようとする素振りもなかった。それが止むことなく、声になって出続けていた。
横に居た私もつられて讚 ! を連呼した。
海に向かって連呼
この女性が ツァン!
一瞬おくれて私が ツァン!
海に向かって延々と
不自由の中の自由 台湾 国家人権博物館にて
台湾の離島、緑島にある人権博物館の展示の最初の一コマは「不自由の中の自由」という言葉で始まっていた。
「政治犯」の収容所生活の一体どこに自由があるというのか?
意外な感じを受けた。しかし、記述された内容を読んでいると、言い得て妙だなとも思った。
展示によると点呼の後、就寝・消灯前に少しの、15分ほどの時間があり、それは各自の自由時間であったとのこと。ここでの息の詰まる日々を、「不自由の中の自
台湾緑島の人権博物館で聴いた誇らしき日本の歌
無防備な心に不意打ち
私の~ ♪ お墓のまーえで~、♪ 泣かないでください~ ♫
ん? 聞き覚えのある歌が聞こえてくる。日本語で、なんでここで、、、
台湾の離島、緑島にある人権博物館の展示の一つ。2019年10月13日に訪問した。人々の写真、歌詞とともに合唱する歌声が流されている。これは意外だったし、心に不意打ちを食らった感じだった。
来るまで知らなかった歴史
というのも、台湾東部
インスピレーションは突然に - - - 台湾玉山前峰(3239m)登頂 - - -
インスピレーションは突然やってきた。
「よし、今度は玉山前峰に登ってみよう!」
3月半ばのことだった。その日から通勤時、マンションの階段上りを再開した。また、当日までにバックランジを500回やると決めて実行した。モヤっとした日々が輝きに変わる。
入山許可は1回抽選にはずれ2回めのトライで権利をGet。2023年4月5日決行となった。この日台湾は5連休の最終日だった。
昨年の主峰(3952
1人で気楽に野宿な旅 --台湾花嶼--
老闆娘:「あなた、今日一体どこに泊まるつもりなの?」
私 :「えっ!? あっ、、、はい、あっちの涼亭(ベンチ)」
老闆娘:「ふーん、なるほど」
こうして人生始めての野宿が決まった。何の準備もしていなかった。
この店が民宿だと踏んでいたのだが、、、
しかし、まあそんな大げさな話でもない。
ここ台湾離島の夏は、外で寝ても何の問題もない。涼亭の硬い木製ベンチで数時間横たわって寝るだけのこと。只た
vol.17 いつの時代も情報戦だったのか --- 台湾海峡を通過するロシヤ、バルチック艦隊を発見 ---(台湾各地の記念碑や観光案内板を翻訳してみる)
台中と新竹の中間あたりに通霄(トンシャオ)と言う街がある。この地が日露戦争バルチック艦隊撃破に大きく貢献したことを示す物語が日、中、英で碑文に記されていた。日文を転記する。
(転記)
本町の虎頭山は、苗栗県西海岸丘陵の海に近い、最も高いところに位置しており、山脈は綿々として連なり、又の名を旗山と称し、海抜93.42メートル、、全町を見下ろし通霄溪これを囲繞して流れ、山水絶妙、景色錦の如し。ここよ
多様性を考える ---多元、多文化、多様性の中で笑顔な人々には共通点があった
笑いの渦
15秒に1回笑い声がうずまく。それが誇張だとしても30秒に1回は皆で笑って会話を楽しんでいる。そんな朗らかでにぎやかな人々のなかに巻き込まれていった。言葉もほとんどわからないのに、、、である。
言葉がわからないから、周りの人々の仕草、リズム、表情にあわせ同調してみる。
実際、笑いの感情は伝播してきたので、私の努力もそんな無理筋ではなかったと思う。しかし、傍らからみているとぎこちな
vol.16 乃木希典将軍 --- 台湾上陸地点 --- (台湾各地の記念碑や観光案内板を翻訳してみる)
乃木将軍台湾上陸
台湾屏東の枋寮(ファンリャオ)と言うところに乃木将軍登陸紀念公園がある。説明版が3つ有ったので翻訳してみた。
まず赤枠
番仔崙(ファンザイルン)海岸
乃木将軍の上陸地点
清、光緒21年(1895年)、清朝は甲午戦争に敗れ、日本軍は5月基隆に上陸し10月には乃木希典中将が第2師団を率いて枋寮の大武力に上陸した。(乃木中将が)君臨していた間、枋寮に駐留する工兵隊が道路の改修を始め