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多様性を考える ---多元、多文化、多様性の中で笑顔な人々には共通点があった


笑いの渦

15秒に1回笑い声がうずまく。それが誇張だとしても30秒に1回は皆で笑って会話を楽しんでいる。そんな朗らかでにぎやかな人々のなかに巻き込まれていった。言葉もほとんどわからないのに、、、である。 

言葉がわからないから、周りの人々の仕草、リズム、表情にあわせ同調してみる。

実際、笑いの感情は伝播してきたので、私の努力もそんな無理筋ではなかったと思う。しかし、傍らからみているとぎこちなかったのかもしれない。あるいは、私の思いとは裏腹に表情には緊張感が現れていたのかもしれない。

心の内を見抜いたかのように、老闆娘(若奥さん)が紙に書いたメッセージを差し出して見せてくれた。彼女は調理などをして会話の輪の外に居た。さすがにこれにはほだされてしまった。

この紙はいまも台湾駐在生活の大切な記憶として手元に持っている。

私がそれを読んでうなずくと、老闆娘は紙をしまおうとした。私はすかさずその紙をつかんで、持って帰りたいので欲しいと伝え、ポケットにしまい込んだ。

屏東縣泰武鄉の旅

2022年1月15日、台湾南部、屏東縣泰武鄉、北大武山に向かう山道の途中のあたりを、これといって明確な目標地点がないままスクーターで走っていた。

営業している民宿が無い

その辺り、いくつか民宿はあったが、人は見当たらない。ドアをノックしたり、外から呼んでも応答がない。何軒か空振りしながらやっと人の気配がする民宿にたどりついた。

警戒する人々

この時期、日本でオミクロンが激増していたことは台湾でもみなよく知っていて、コロナへの警戒感は再び高まり始めていた。その後、台湾はwithコロナへ舵を切り、人々の警戒感やマインドは変化するが、それは数ヶ月後のことだった。医療従事者なみに早期に3回目のワクチンを打った私は、ワクチン証明があれば外国人旅行者に対する警戒感も台湾人並にやわらぐものとだ思っていた。しかし、そうではなかった。

聞こえてくる笑い声

やっと見つけた民宿では奥の方から笑い声が聞こえてくる。車も何台か停まっている。ここなら間違いない。ゲートらしきものをくぐって中に入っていく。細長いガーデンがあっていくつかの小さな建物がある。


建物というよりちょっとした出店のような感じだった。その一つがコーヒースタンドであり人が居た。

美味しいコーヒー!


「今日宿泊したい。いいですか?」

と申し込む。もちろん中国語、台湾華語だ。言葉は通じているはずだが応答はない。それどころかその女性の表情はかたい。

「あれっ、発音がまずかったかな?」

何度か言い直してみる。しかし、やっぱり同じだ。返答はない。相変わらず店の中の女性の表情はかたい。

5~6メートルぐらい離れたところ、壁で見えないが、その向こうで人々の笑い声が続いている。あの人達と同様に私も泊めてくれたら良いのになと思っていた。

男性現る

そのうち一人の男性が壁の向こうからでてきた。その男性は少し日本語ができた。私はその人に宿泊したい旨伝え、安心したのだが、ことはそんなに簡単には進まなかった。

警戒されていた

しばらくやりとりがあった後、この男性は私の方に向き直って、

「奥さんはコロナが心配で、、、」

とその後の言葉は濁してはっきりとは言わなかった。

ワクチン証明書でもダメ

それならばとつい先日いち早く3回目を打ったばかりのワクチン証明を見せたり、海外からの旅行者ではなく、ずっと台湾に居たことをつたえた。それでもやっぱりすんなりとはいかなかった。

ハッとした。ここまでくると鈍感な私でもさすがに気づいた。この山奥では外来者さえ来なければ感染リスクはかなり低い。私はその外来者だ。しかも海外からの来訪者と区別はつかない。そりゃそうだと、急に自分の想像力の欠如に今更ながら気づく。
あきらめて立ち去ろうとすると、

「あ、ちょっと待って」

と、今度はこの男性が私を引き留める。

粘り強く交渉してくれる

そしてまたコーヒースタンドの女性とひとしきり交渉し、ある結論に至ったことを知らせてくれた。この女性の息子、つまり若老闆(若旦那)の判断に従うことになった。もうすぐ外出先から帰ってくるとのことだった。

「ここまで手間と辛労をかけてしまって申し訳なかったなぁ。先に電話で問い合わせさえしておけば、民宿側ももっと断りやすかったろうに、、、」

ブツブツと小声で独り言をつぶやいた。

親切に出してくれたコーヒーと饅頭を食べながら待たさせてもらった。

この間に壁の向こうから時々人が出てきてこちらの様子を見に来ていた。

若老闆登場、そして即決!

しばらくして若夫妻が帰ってきた。私は心のなかで潔くあきらめたつもりなのに、行動は真逆になってしまった。すかさずワクチン証明とパスポートの入国スタンプを見せて、台湾にずうっと居たことを必死にアピールしていた。

夜になって分かったのだが、この日、宿泊客は私一人だけだった。壁の向こうの人達はみなこの民宿の知り合い同士で、今は亡き先代老闆のお友達の輪だったのだ。宿泊客では無かった。


若老闆は即決してくれた。宿泊できることになった。

宿泊OKの判断が出た瞬間、私はこの民宿の仲間の輪の中に招き入れられることになった。

その中のひとりの女性が

「ここに突然訪れて来て宿泊したいと言ってきたのはあなたが初めてですよ」

と笑っていた。

笑いの渦、笑顔な人たち

本当に楽しそうにおしゃべりしていた。話す速度が速く、私にはたった一言も聞き取れなかった。それでも楽しい気分は確かに伝播して来た。私も一緒に笑っていた。

その仲間内のおしゃべりは明るく朗らかで、15秒に1回、笑いの渦が発生していた。そんな雰囲気が延々と続いた。

この人達は地元の老闆だったり、高雄、屏東から集まって来ていた人たちだった。

私が質問をしたから答えてくれたのだが、この人達の文化的背景は、客家人、排灣族人、阿美族人、福佬人に連なり根ざす人たちだ。個人差はあるにせよ、母語や一般に大切にしている祭事などがそれぞれ異なる。

私が宿泊できるようとりなしてくれた男性は母親が日本人だった。根気強く交渉してくれたのは生来の親切の他に母親の母国から来たのだからと言う思いがあったのかもしれない。

多様な人達の共通性

10人にも満たない人の集まりが、民族文化の構成という点で台湾社会の縮図のようにも感じられた。しかし、この日もっとも際立って印象深かったのは、その多様性の方ではなく、にぎやかで、話し好きで、優しくて、未知の者への警戒心はあるが一旦認めたら輪の中にやすやすと溶かし込んでいくなど、私が知っている台湾人の特徴を皆が持っていたことだった。多様な人達の共通性の方だった。そこには確かに共通する価値観の様なものが存在していた。

多様だがカオスでは無い

これこそが、秩序ある多様性とカオスとを分ける決定的な違いだと思う。多元、多文化、多様性に富む台湾で台湾をディスる人を見た事はない。

心温まる夕食にご招待いただいた。

翌朝、感謝の意を伝えてスクーターで山の方に向かって走っていった。

地図の点線が北回帰線。その下側は熱帯となる。訪問した赤丸の地域は排湾族の集落。

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