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#奈良
🔶私の好きな奈良:日の沈む山に埋葬された悲運の大津皇子 鳥谷口古墳
タイトルの写真は何だかご存じでしょうか?
いかつい鉄格子の様な扉で閉められており、監獄か何かの様にも見えてしまいますが、実は二上山(にじょうさん)麓にある鳥谷口(とりたにぐち)古墳です。
歴史好きの人なら、イケメンヒーロー大津皇子が、非業の死を遂げたあと、二上山の頂に葬られたという話を聞かれたことがあるかも知れません。宮内庁により、大津の墓は山頂の二上山墓と治定されていますが、近年の調査で、この
🔶私の好きな奈良:奈良時代建立の本堂が残る唐招提寺 戒律を求めた鑑真の志
唐招提寺といえば、世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産の一つです。この資産には、春日山原始林のほか6つの社寺、すなわち東大寺、興福寺、春日大社、元興寺、薬師寺と唐招提寺が含まれていますが、奈良時代建立の本堂(金堂=タイトル写真)が今も残っているのは唐招提寺だけです。
唐招提寺には、他の大寺院とは少し違う、特有の厳かな空気を感じる方もいらっしゃるのではないかと思います。それが何に由来するものか、
🔶私の好きな奈良:菅原道真のルーツを訪ねる 土師氏と奈良・菅原天満宮
みなさん、北野天満宮や太宰府天満宮、防府天満宮はご存じですよね。
優れた学者であった平安時代の貴族・菅原道真氏を、学問の神様としてお祀りしている神社で、受験の際に合格祈願に訪れた人も多いのではないかと思います。
今回は、天満宮の祭神である菅原道真について、そのルーツを含めて探ってみましょう。
天満宮とは
天満宮は、「天神さん」という名でも親しまれていますが、全国にいくつあるかご存じですか?
🔶私の好きな奈良:弱者救済に尽力した僧 忍性 聖徳太子信仰から奈良と鎌倉への分骨まで
ほぼ完全な形で残る鎌倉時代の石造五輪塔群
タイトル写真は、奈良県大和郡山市にある、石造五輪塔群「鎌倉墓」です。
インドが発祥と言われる五輪塔ですが、日本では平安時代以降、供養塔として考案され広まったと言われています。
この鎌倉墓は8基の五輪塔から成りますが、一部に永仁五年(1297年)の銘が刻まれています。中世の五輪塔がこれほど完全な形で残っている例は珍しく、国の重要文化財に指定されています
🔶私の好きな奈良:夏の村屋神社に壬申の乱を想う
村屋神社ってどういう神社?
奈良県田原本町にあるこの村屋神社、もしかすると地元の方以外にはあまり知られていないかもしれません。
平安時代、律令の細則をまとめた法典である「延喜式」内に、官社として指定されている格式のある神社で、正式には、村屋坐弥冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)です。主祭神は弥冨都比売(みふつひめ=三穂津姫命、みほつひめ)で、大神神社の祭神である大物主命の妃神にあた
🔶私の好きな奈良:弘仁寺 明星が隕ちた地に空海が建立
弘仁寺の弘仁とは
平安時代初期、810年から824年の年号が弘仁です。
天皇でいうと、嵯峨天皇、淳和天皇の時代ですから、奈良から都が平安京に移った桓武天皇から、平城京に都を戻そうと画策した平城天皇の代を経て、その次の時代ということになります。
弘仁という名を良く聞くのは、「弘仁・貞観文化」です。この時代は密教の影響が強まり神仏習合の動きが強まったことによって、独特の仏教文化が栄えました。仏の世
🔶私の好きな奈良:空海の遺した足跡
奈良国立博物館で、2024年4月13日から6月9日まで、生誕1250年記念特別展をやっています。
私も行ってきました。
偉人だとは習っていたけれど…
小学校から教科書に出てくる歴史上の偉人で、「弘法も筆の誤り」の言葉にあるように、弘法大師として知られています。ところが、弘法大師というのは諡号(生前の業績に対し死後に与えられる名)の様で、筆を誤った時は「弘法」ではなかったということでしょうか。