忍性

雑記:鎌倉の古寺・史跡、その三

比企ヶ谷を抜けて、そこからさらに南の材木座方面に進むとJR横須賀線の踏切の手前に辻の薬師堂がある。

現在は小堂が建つだけであるが、この薬師堂は元来は源頼朝の創建と言う東光寺(現在の鎌倉宮のあたりにあった寺院で、護良親王が幽閉され、後に足利直義の刺客に暗殺された場所である)にあり、明治時代になって残った薬師堂だけが現在の場所に移された。

かつて薬師堂にあった仏像は、現在鎌倉国宝館に所蔵されており

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神奈川県内の石造物⑲:元箱根宝篋印塔(伝・多田満仲の墓)

名称:元箱根宝篋印塔

伝承など:多田満仲の墓

所在地:神奈川県足柄下郡箱根町元箱根

元箱根の曽我兄弟の墓と伝承される五輪塔から芦ノ湖方面に少し進んだ精進池の周辺には鎌倉時代の石造物が点在している。

その中心とも言うべき大型の宝篋印塔は、二.六メートルを超える総高を誇り、多田満仲の墓と俗称されるが、もとより曽我兄弟同様後付であって多田満仲とは関わりはない。

宝篋印塔は相輪が欠損しているがほ

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北関東の石造物㉘:北条五輪塔(伝・多気大掾義幹の墓)

名称:北条五輪塔

伝承など:多気大掾義幹の墓

所在地:茨城県つくば市北条

つくば市の北条には、地元で「多気太郎」と呼ばれている安山岩製の五輪塔があり、伝承では多気大掾義幹の墓とされている。

多気義幹は桓武平氏の流れをくむ常陸の豪族で、鎌倉時代初期に小田に進出した八田知家の讒言に遭って源頼朝に所領を没取され、不遇のうちに世を去った人物である。

この五輪塔は、八田知家が義幹を供養するために造

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北関東の石造物㉗:極楽寺五輪塔(頼玄の墓)・地蔵石仏

名称:極楽寺五輪塔、地蔵石仏

伝承など:頼玄の墓

所在地:茨城県つくば市小田 極楽寺跡

かつて小田に存在した三村山極楽寺は、鎌倉時代中期に東国に下向した忍性が開いた寺院で、東国における真言律宗布教の一大拠点となったが、庇護者である小田氏の衰退とともに衰微し、現在は廃寺となって当時を偲ぶ遺物はほとんど残されていない。

ただ、忍性らによって造立されたと考えられる石造物がいくつか残されており、そ

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北関東の石造物㉖:宝篋山宝篋印塔

名称:宝篋山宝篋印塔

伝承など:忍性造立のモニュメント?

所在地:茨城県つくば市 宝篋山山頂

筑波山麓の小田は、鎌倉時代中期に忍性が東国に招かれてまず最初に入った場所であり、東国における真言律宗布教の一大拠点になった場所である。

小田を見下ろす場所にある宝篋山は、小田山とも三村山とも呼ばれるが、現在の呼称は山頂に宝篋印塔が建てられたことに由来する。

この宝篋印塔は、忍性が布教のために小田

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奈良県内の石造物⑰:竹林寺五輪塔(伝・忍性の墓)

名称:竹林寺五輪塔

伝承など:なし

所在地:奈良県生駒市有里 竹林寺

生駒市の竹林寺は奈良時代に行基が開いたと伝承される古刹で、境内には行基の墓と言われる墳丘や、鎌倉時代の真言律宗の僧侶で同寺で修行した忍性の分骨墓などもある(元来あった忍性の墓の五輪塔は、現在石塔の大半は失われ、発掘調査の結果骨蔵器が発掘され、その後で建てられた新しい五輪塔が現在の忍性の墓である)。

その他にも、境内には鎌

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奈良県内の石造物⑥:額安寺宝篋印塔、五輪塔群

名称:額安寺宝篋印塔、五輪塔群

伝承など:忍性の墓(五輪塔)

所在地:奈良県大和郡山市額田部寺町 額安寺

聖徳太子創建と伝わる大和郡山の額安寺には、三メートルを超える巨大な宝篋印塔が伝わる。

かつては境内外の蓮池の中島にあり、近づいて見ることが出来なかったが、近年修復に伴い境内の本堂前に移され、拝観が容易になった。

鎌倉時代の文応三年の銘文を持ち、国内の在銘宝篋印塔としては生駒市輿山往生

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神奈川県内の石造物⑤:安養院宝篋印塔

名称:安養院宝篋印塔

伝承など:尊観(忍性?)の墓

所在地:神奈川県鎌倉市大町 安養院

春は躑躅の名所として知られる鎌倉の安養院には、鎌倉最古の在銘宝篋印塔が存在する。

本堂裏にある躑躅の中に建つ三メートルを超える大型塔がそれで、鎌倉時代後期の徳治三年の銘文がある。

隅飾りの一部が破損し、相輪は後補であるが、ほぼ完形の宝篋印塔と言って良いであろう。

尊観の墓とも、良観(忍性)の墓とも伝

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