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ソーのnote好きな小説まとめ

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とりあえず、分野にこだわらず、好きな物を集めた
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#短編小説

水鏡の向こう側

水鏡の向こう側



 豪雨が山間の温泉街を襲った翌日、私は大きな水溜まりの前で感嘆の声をあげた。

 剥げたオレンジ色の屋根の喫茶店は、前に大きな窪地があり、大雨が降ると、いつも直径が何メートルもの大きな水溜まりができる。

 空を見上げると綿あめのような高積雲。それは、水溜まりが作る水鏡に映り込み、店の屋根と仲良く並んで、退屈な街の景観を補ってくれる。水がそよ風に揺れ、微かに歪んだ雲と、その空とは異なる色彩は

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視線の先|#夏ピリカ応募

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。

 一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席の

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「詩」五行詩群 工場の月 十一~十五

「詩」五行詩群 工場の月 十一~十五

十一

廃墟になった工場の中で
月はスヤスヤと眠っている
雨はまだ降り続ける
森の中に住む小さな人たちが
縦笛の練習をしている

十二

海への憧憬と畏怖
漁船のデッキで蝋燭を
灯して見つけたい
小さな光の向こうにある
原初の温かな闇を

十三

海など近くにないのに
君の音がする
置き忘れた三輪車から
雨粒が滴っている
この涙も 海へと還るのだろう

十四

さよならという言葉は
夢の中で覚えた

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「詩」五行詩群 工場の月 六~十

「詩」五行詩群 工場の月 六~十



幾つもの観覧車を乗り継いでも
あなたには辿り着けない
最上部から道化師は飛び降りたが
私はいつまでも廻り続ける
それが究極の愛だと信じて



三角屋根の洋館から
零れるオルガンの音が好きでした
オルガンは燃えたのですね?
月が溶けだす場所では今でも
哀色の旋律が鳴っています



あなたのデジャブに触れると
回転木馬が軋む音がする
ここはどこですか?
メランコリーに染まる交差点に
ピエ

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「詩」五行詩群 工場の月 一~五

「詩」五行詩群 工場の月 一~五



工場は忙しなく稼働している
煙突からは黒煙が吐き出され
その上で月は 青白く輝いている
下駄箱に座った少年だけが
沈黙の中で その月を眺めている



幾重に遮光カーテンを引いても
記憶は無意識の中で輝き
死さえそれを消すことは出来ない
残された記憶は魂と呼ばれ
今日も詩人は それを拾い集める



教授はドルコストについて語り
私はアジャセについての思索に耽る
ふと眺めた窓の外
空中庭

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聴く短編小説「似ている二人」

聴く短編小説「似ている二人」

 個人営業の仕事をしていると、お客の名前がわからなくなることもある。うっかり忘れたり、まったく思い出せなかったり、いろいろだ。以前、同時期に「タカハシ」様が四人かぶってしまった。違う「タカハシ」様のことを、タカハシ様に話していた。しかし、幸いなことに気づいていないようだった。

 そのころ、私が通勤しているロードサイドの支店は、駅から歩いて20分のところにあった。少し早めに行って、支店の前のファス

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小説|人だからさ

小説|人だからさ

 十年ぶりに彼女は町へ帰ります。知らない土地に思えました。古い建物の屋根は焼け落ちており、土壁には銃痕。支援金で建てられた新しい家々には知らない人々が住んでいます。夜に沈む町は変わりました。そして彼女も。

 十年前。彼女と病弱な幼い弟は、町の飯屋で無口な店主から軍人の残飯をもらいました。姉弟が急いで食べるかたわら、店主の腹が鳴ります。店主の痩けた頬を見て「なぜ、くれるの?」と彼女。店主は答えませ

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『夜と桜と指輪と彼と』

『夜と桜と指輪と彼と』

あろうことか、彼は一度出しかけた指輪を引っ込めてしまったのだ。
付き合いは長いから、大体わかっていた。
お互いにそろそろかなという雰囲気はあった。
彼が、あらたまって予定を聞いてきた時からわかっていた。
そんなことは、今までなかったから。
だから、私も覚悟は決めていた。
彼に恥をかかせるつもりはなかった。
それが、あろうことか…

私が高校2年の時に、彼は新入部員として入ってきた。
私は、野球部の

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もう届かない①【短編小説】

もう届かない①【短編小説】

3月8日午後11時59分。

普段この時間に連絡なんて来ないが、俺は一分後に携帯が鳴ることを確信している。

ベッドの上に置いてある携帯電話を凝視する。

部屋の壁際に置いてある時計の針の進む音だけが聞こえてくる。

俺は一秒ずつ数えていた。57.58.59・・・。

3月9日午前0時に着信が来た。

携帯を取る。
ディスプレイには山岸 里桜と表示されている。

直ぐに通話ボタンを押して電話に出た

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【1話完結小説】文化祭(午後原茶太郎シリーズ)

【1話完結小説】文化祭(午後原茶太郎シリーズ)

高校生活最後の文化祭。俺はベタながらお化け屋敷をやりたかった。男子はほとんど俺の味方をしてくれたけど、女子の大半が「メイドカフェをやりたい」と譲らない。

「文化祭と言ったらお化け屋敷だろ!」
「そんな暗いしキモチワルイの絶対イヤ!」
「メイドカフェ、一回くらいやってみたいし!」
「そんなもん女子しか盛り上がんねーだろ!」

意見は平行線で、出し物は永遠に決まらず、明日、改めて仕切り直すことになっ

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【1話完結小説】冬恋

【1話完結小説】冬恋



寒い寒い寒い!
膝掛けをして背中とお腹にカイロを貼っても意味がない。真冬の教室は凍てつく寒さだ。
「その膝掛け百均のでしょ?」
隣の席のキザ山がめざとく見つけて声をかけてくる。
「…だからなんなのよ」
「百均の膝掛けってペラッペラだから全然あったかくないんだよね」
知った風な口を聞かれてイラっとしたけれど…それは図星だった。
「うっさいな、あんたに関係ないじゃん」
「俺のダウンさ、いいヤツだか

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鏡顔|#毎週ショートショートnote |1分

鏡顔|#毎週ショートショートnote |1分

 妹のアンナの表情は、いつも僕と同じになる。まるで鏡の中の顔のように。

 兄妹で遊んでいる時には笑顔。だけど、僕が足の小指を本棚にぶつけると、自分が痛いわけでもないのにアンナは今にも泣きだしそうな顔になる。

 やはり母さんがいなくなってから共感力が強くなったのだろうか。一人で僕らを育ててきた母さんが不慮の事故で亡くなったあの日、何も分かっていないであろうアンナが僕をじっと見て、わっと泣き出した

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短編小説?|不条理なゲームに巻き込まれた俺の行方|#創作大賞2022

短編小説?|不条理なゲームに巻き込まれた俺の行方|#創作大賞2022

■ 目次(本投稿)

■ 第1話:開始|2分

■ 第2話:次戦|3分

■ 第3話:望み|3分

■ 第4話:最終|2分

■ 第5話:道のり|4分

■ 第6話:俺の行方|2分