小説|人だからさ
十年ぶりに彼女は町へ帰ります。知らない土地に思えました。古い建物の屋根は焼け落ちており、土壁には銃痕。支援金で建てられた新しい家々には知らない人々が住んでいます。夜に沈む町は変わりました。そして彼女も。
十年前。彼女と病弱な幼い弟は、町の飯屋で無口な店主から軍人の残飯をもらいました。姉弟が急いで食べるかたわら、店主の腹が鳴ります。店主の痩けた頬を見て「なぜ、くれるの?」と彼女。店主は答えませんでした。
飢えから家族を守るために彼女は軍に入り、身の丈ほどの銃を整備して、幾人もの仲間を看取りました。弟が病で亡くなったという手紙を読んだ日。弾丸と飢餓のほかに人の命を奪うものがあると彼女は初めて知りました。
かつて弟と歩いた道を行くと焼け残った飯屋の灯り。店に入って、彼女は注文します。残飯の礼は言えません。忘れられていたら辛いから。しばらくして、店主は懐かしい飯を卓に載せ、十年越しに答えます。「人だからさ」
ショートショート No.381
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