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バカボンの兄 詩集

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詩の末尾に初稿を書いた年月を付していますが、note投稿にあたり加筆しています。投稿後の加筆もあり得るので、ご了承ください。
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2024年6月の記事一覧

詩/無常の水面(みなも)

無常の水面

いつかの夏
奥多摩でキャンプしていた
せせらぎに
足先を沈めてじっとしていた時
どうにも分からないことに気づいた
水は今ここを流れているけれど
この水を多摩川と呼ぶのか
川底を多摩川と呼ぶのか
どこからどこまでを多摩川と呼ぶのか
分からなかった

人は蛋白質の川だ
かつ消えかつ結びて
八十年程の動的平衡を終える

無常の水面はきらきらしていて
虚しさのかけらもない

2022年9月

詩/茶



悟りに達した老師が
葬式で念仏を唱えている
意味ないことと知りながら
そうやって禅堂に暖房がつく

「新しい資本主義は投資です」
( ゚д゚)ポカーン
いい加減、拝金主義の次を考えましょうと
誰か言い出す気配すらなく

社会体制がどう変われど
門を閉ざさず
非二元の体現者を輩出し続けてきた、
禅の法灯を前に

本当に大切なことはこれだけでしたと
少し濃いめの茶で試される

2022年6月

詩/私とあなた

私とあなた

見ているものを
アートマンと名付けた
見られているものを
ブラフマンと名付けた
しかし
アートマン即ちブラフマンだと見抜かれた
すると
アートマンを識別する意味がなくなった
世界が青一色なら
その青を、青と名付ける意味がない
これが無我である
よって
アートマン(我)と
その否定形であるアナタ(無我)は
矛盾しない
私はあなたと生きていくのだ

たった一つの三千世界で踊り狂え
みんな

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詩/from Vashisht

from Vashisht

その子でもう三人目です
小指の外側にも指がある
赤いマニキュアもしている
指折り数えるカレンダー
つくるには十二本の指が必要だったはず
いいえ
翼への痕跡?
極東アジアの島国では多指症と名づけて
切り落とすそうです
十二進法の指をも切り捨てる
握り締める手を選んだ大勢の分別には
もはや翼に進化し得る足が
ありません

二階の部屋を出るとすぐ牛舎の屋根の上に出ます
右手

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詩/悪しき者

悪しき者

体中が痒いので
毛穴を全部ひらいてしまおうと
湯舟につかっている
両手は宙でページを繰っている

ひとを傷つけて
痛みを覚えることで
まだ罪びとであることを確かめている
痛みを感じなくなったあとに
何が残ってるっていうのか

手の甲に浮かんだ汗は
しずくとなって落ちる前の心
引力によって
内側から自分の輪郭を保つ
奥から沁み出してくるものによって太る

自分の命を絶つ力を備えて
なお生

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詩/刃物/パパゲーノ3

刃物/パパゲーノ3

小学生の時
ボンナイフというものがあって
それで鉛筆を削った
削り方は母が教えてくれた

同じ頃
父が懐刀をくれて
これで家族を守るんだぞと言った

ボンナイフはとうになくしてしまったが
懐刀は今でも持っている

父は有名私立高校の卒業生で
僕は子供の頃、実力以上を強いられ
壊れた。
父の母校の校章は
「ペンは剣よりも強し」だが
僕は、それはちょっと違うと思っている

ペンは

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詩/余韻

余韻

脳が死んで
あなたは死んだから
やがて止まるでしょう、
心臓を
動かしているのは誰?
まだ生きています
もうあなたがいないのだとしても

水族館へ
脳も心臓も持たないものを見にいく
そこにいる、
生かそうとするものは誰か

クラゲ
 クラゲ

クラゲ

それぞれの場所で泳ぐ
それぞれの名
呼びかけてみる
固有性は神の斑か
あなたはあなたよりも
大きかったのか

恐れを宿して踊っていた、

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詩/荷



このまま狂ってしまうのではないか。
途中下車してうずくまり
その強い恐れが去るのを待った
脳をわしづかみにしてくる、
鈍重な違和感の塊とともに。
まだ中学生だったがその苦しみを担った

もういい歳だが
人生は棒に振ってしまった
抑うつも相まって
いまだに時折あの恐れが来る
じっとして、
それが去るのを待った

園児の頃も毎朝吐いていたから
そのように生まれついていたのだ
たいがいは絶望的だが

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詩/サニーハウス

サニーハウス

なまぬるくても飲めれば大丈夫。
バケツとほうきとぞうきんがあれば
たいがいのものはきれいにできる
毛布を重ねて小さくなれば
なんとか寒さもしのげるもの
暑いのだけはどうしようもないか
そんな時は部屋を出て
木立の下で風を待ってる
そんなふうにして
旅人ならば
バックパック一つ分の荷物のほかは
なければないで済んでしまうのに
毒なしではいられない生活に
生まれた時から組み込まれている

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詩/悼む

悼む

常に
太古から
全てのいきものに作用してきたというのに
ニュートンの登場まで誰にも気づかれなかった、
引力のように
現前はあった。なのに
毎晩死にたくなるのはなぜなんだろう
どこにいてもいたたまれない
どこからもいなくなりたい
常に
どこにもいないと気づいているというのに。
眠れぬ夜が明けて葬儀の支度をする

タゴールとアインシュタインが対話した時
タゴールは現前について語り
アインシュタ

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詩/無力ということ

無力ということ

あなたが仏教徒なら
それを仏性と呼ぶのでしょうか
あなたがクリスチャンなら
それをみ心と呼ぶのでしょうか
私はそれを命と呼んでいます

あなたが泣いているなら
命が泣いているのです

あなたが苦しんでいるなら
命が苦しんでいるのです

あなたが驕って(おごって)いるなら
命が驕っているのです

暗い道で
あなたが誰かを刺したなら
命がその人を刺したのです

あなたが悔いているなら

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詩/濡れ衣

濡れ衣

嘘をつかれて
居場所をなくした
いじめを受けて
その場から逃れた
そんな折、良寛さんを思い出す
盗みの濡れ衣を着せられて
言い訳もせず
穴に埋められた
それで良かった
助けは来るだろうか
そんなことを思いもせず
待つこともなく
ただそこに在った
宇宙として、粛々と。

三億円もらっても
もうやりたいことがないんだ
布団の上に寝転んだまま
夕となり、また朝となった
(創世記1:5)

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詩/略歴

略歴

ベッドと机と椅子を捨てた
それから手紙と葉書を破いて捨てた
もう二度と読み返さないだろう本を捨てた
十年分の日記を要約しようと読み返して
それはできないのだと知って焼いた

その後、本は図書館で借りるので増えていない
晴れた日には散歩している
雨の日は読書している
まだ着られるが
もう二度と着ない着古しを今日海外へ送った

ただ座すことと何ら変わりのない、
それらは生きていく上で何ら必要の

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詩/原点

原点

十三歳、天文学者になりたかった。教室に座っていることができずひと気のない便所でうなだれた。銀河中心はブラックホールだと直観していた。うずくまり人刺し指を咽頭めがけ突き立てた。教師は何も言わなかった。医者はトランキライザーをくれた。効かなかった。生き残るすべなど誰にも教わらなかった。いつかインドへ行こうと思った。

十六歳、死へ。昼休み、図書室横の便所で糞をしながら、それでも生きていていいの

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