Perth 新しい日々

今日の東京は曇り、そして雨が降り出した。

皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 

東京は緊急事態宣言が延長されるようですね。

あとどのくらい不要不急の外出をしないでと促すのでしょうか?

職場の後輩とも話しましたが、サウナに行けずに整えてませんとの事です。じゃあ他にどうしたらいいかなぁ。という話になりまして、メディテーションを提案してみたところ、共感していただけたので、少し嬉しかったです。

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髪の毛がアフロになるくらい嬉しい2!!
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詐欺師と過ごした夜 in ローマ

Ciao! 2019年12月 クリスマス前のはじめてのヨーロッパ旅
セルビアから日本への帰路、トランジット先のローマで翌日の出発まで1日の観光予定だった。

しかし、セルビアからの到着が飛行機トラブルにより5時間遅れ、ローマ市内のホステルに到着した頃にはすっかり暗くなっていた。
その理由はこちら☟

この時19:30。時間はない。
荷物を置くと、早々にローマの街に繰り出すべく、最寄りの地下鉄駅に行

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ホントですか!?ありがとうございます!
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【第1話】なにもない国。(ブルネイダルサラーム・バンダルスリブガワン)

「ブルネイ つまらない」 「ブルネイ 何もない」

Google検索で「ブルネイ」と入力すると、出てくるのが上のような字面だ。

「…行くしかない。」

直感的にそう感じた僕は、気がつくと航空券の決済を終えていた。

Skyscannerを眺めていて、たまたま見つけたブルネイという国。

往復で45,000円という値段に誘われ、調べてみると、日本から約6時間。成田空港からロイヤルブルネイ航空が直行

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バックパッカー#2 旅の準備

<このブログは2分で読めます>

バックパッカー旅するにあたって用意しなければならないものを書きます。

・パスポート
・SIMフリーの携帯、もしくはポケットWi-Fi
・お金
・クレジットカード
・バックパック
・着替え
・旅の本
・日記(僕のおすすめ)
・カメラ
・ミニバック
・洗面道具(歯ブラシ、コンタクト洗浄液)
・筆記用具、メモ

こんなところですかね。。
「荷物は軽く」それが僕流バック

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テレ東好き

学生時代、バックパッカーだった。海外に出られないときには、ロードムービーを旅の代替品としたものだ。

お気に入りは、ナイト・オン・ザ・プラネット、パリ,テキサス、テルマ&ルイーズ、バグダッドカフェ等。もちろんイージーライダーも。スクリーンを通じて海外の風景を疑似体験出来るだけでなく、ダラダラした気怠い進行が海外のゲストハウスの倦怠感を思い出させてくれる。

さて、私の住む某国でも、今どきは日本国内

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ありがとうございます。はげみになります。
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シベリア鉄道の旅 38周年記念 〜 列車内で酔いどれロシア人と一緒に歌ったロシア民謡 ♫

38周年ってハンパだけど(笑)。因みに昨日はこれだった, つまり, フォーク, ロック, ソウル, ジャズなどのジャンルから「列車」に絡む歌の数々 ♫

シベリア鉄道の列車内で, ウォッカ片手に酔いどれロシア人たちと一緒に歌った歌当時のソ連時代のシベリア鉄道の列車では, ロシア人はじめソヴィエト連邦の国民の専用車両とは別に外国人専用車両があって、後者から前者に入ることは原則的にできなかったけれど(

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ありがとうございます。
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旅行記1994~2000(5)インド・ブッダガヤ(1994.5~6)

ポカラも含めネパールに3週間ほど滞在し、5月19日早朝、ラクソウルの国境を越え再びインドへ入国する。

灼熱の気候が蘇り、ネパールの人達と違い、人の顔を無遠慮に見る泥臭い人達に囲まれる。
パトナで1泊後、ブッダガヤを目指す。
長時間バスに揺られ、汗と埃まみれでガヤへ、さらにブッダガヤまでオートリクシャに乗る。

ブッダガヤはお釈迦様が悟りを開いた地にふさわしく、チベット寺、日本寺、ブータン寺、ビル

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ありがとうございます!
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歯車になりたい

自己紹介はじめまして。
普通に働く平凡なサラリーマンです。
勉強が嫌い&将来やりたい事もないから高校行くのやめようかと
悩むような学生時代。でも部活は頑張ってたよ。
いろいろ頑張りながらもなんとか大学まで卒業して、文系の道を
歩みながらも今は完全な理系職という何とも自分らしい道を歩いています。
一生学ぶ事が大切だよね。広く浅く学びたいからね。

好きな事は・・・
映画、音楽、スポーツ、旅行、いろい

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読んでいただき心の底からありがとう
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バックパッカー#1 貧乏旅行をするきっかけ

<このブログは4分で読めます>

2018年、僕がバックパッカーを始めた理由は複数ある。
バックパッカーというのは単に思いつきで行ったのではなく、将来英語を話せる人になるための道のりの第一歩だった。

いくつかの理由を分解してブログに綴りたいと思う。

きっかけ① 兄僕の兄は変わっていた。と、いうか前まで普通だったのに変わった。そんな兄を見ていたら僕も変わった人間になっていた笑

4つ上の兄はバッ

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旅行記1994~2000(4)インド・ダージリン~ネパール・カトマンドゥ(1994.5)

(写真)国境からのバスが半日停まったナラヤンガルの子供達

とんかつ、味噌汁、すき焼き、納豆、焼き魚、焼き鳥…。
ダージリンを出発するミニバスの中でメモ帳を取り出し、食べたい物を書き出す。
日本を出て1ヶ月が経とうとしている。
ダージリンには9日間滞在したが、山沿いの街で気候もカルカッタと大きく異なり寒く、体調を崩してしまう。
毎日、下痢と微熱が続く。
その上、ホテルでは、連日停電と断水が起こり、

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ありがとうございます!
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