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パパの今までに行った海外は、6カ国だよ。

ECCに9年通う小学6年生の息子は
最近、英検3級に合格し
海外に興味がわいてきたようです。

私の海外旅行の話を聞いてくることがあります。
その時話した私の海外旅行の記憶を
こっそり残しておきます。

1ヶ国目。

オーストラリア(大学4年生)

先輩のインドへバックパック放浪に触発されて、
海外未経験の私が就職活動から逃げるように初海外旅行を計画する。

初海外で、
バックパックで宿も予約せず行き当たりばったり。
今考えても無謀な旅行。
若いからできる旅だと思いました。

ブリスベン空港に降り立ったものの、
オーストラリアは私にとって「常夏」のイメージだったのですが、
南半球であり日本とは真逆の冬であり焦った。

最終日のシドニー空港発のチケットしかなく、
あとはとにかく自由だった。

はじめての海外旅行であり、
とてつもない自由に感動をした。

とはいえ、宿を取るにも英語が話せない上に
オーストラリア訛りの英語が理解できず困った。

ヌーサというリゾート地にバスで行ったり、メルボルンへ行ったり、シドニーで現代美術館やオペラハウスやハードロックカフェに行ったりした。

人種差別を感じたし、現地の若者に追いかけられ群衆に紛れ込んだりもした。

とにかく若いからできた海外旅行だったと思う。

2ヶ国目。

アメリカ(ワシントンD.C.)

911テロをニュースで見て衝撃をうけ、
アメリカに行ってみたいと仕事を辞め
1年後にアメリカに降り立っていた。

またもや、英語も話せないのにバックパック旅行。
宿は取ったもののテロ1年の厳戒体制のアメリカの首都に
怪しい無職のアジア人は、空港で何度も止められ、
たまたま近くにいた日本人ガイドさんに助けられ
何とか入国をした。
前職のタイヤ屋の作業員だと言うも、
それでは余計に怪しまれるので、
タイヤの「セールスマン」と言い張れと言われて
職業による差別のようなもたしかにあると感じた。
(日本では感じることはありませんでしたのでショックでした)

アーリントン墓地や、ペンタゴンを見て、
991テロの犠牲者の冥福を祈った。

また、ワシントンD.C.では、
ホワイトハウスやアメリカ合衆国議会議事堂以外に、
スミソニアン博物館があり
そこは世界クラスの博物館や美術館が並んでいて、
それぞれがすべて入場無料で
毎日異なる博物館に行った。

展示物は、「すべて本物」であるというこだわりっぷりである。

日本の零式戦闘機や、B-29爆撃機エノラ・ゲイや、月の石。
ロダンの彫刻考える人や、
ピカソ、ゴッホ、モネなど様々な展示物を楽しめた。

ここでも、ハードロックカフェに行った。

前職がタイヤ屋さんだったのですが、
ドッジという車メーカー主催のタイヤ交換選手権みたいなイベントが
少し大きな公園で行われていて、
飛び入り参加が可能なようだったので参加したのですが、
約2年の間に10000本以上のタイヤ交換の実力を
見せつけたもののあまりにもそのスピードが早過ぎて、
ズルをしたと思われ、軽くいなされて悔しかった。
正直人種差別のようなも感じた。
そして、別の日にスーパーマーケットで
現地の若者に追いかけられ群衆に紛れ込んだりもした。
本当に怖かった。

「22日間」の宿泊の予約を取っていたが「2日間」と間違われ、
トラブルのために部屋を空けると部屋に戻れなくなると困るので、
当初フラッとニューヨークのグラウンドゼロへ
電車で数日間ホテルを空けて行ってみようという計画があったが
この1件で断念した。

世界の中心であるアメリカの首都に降り立ったときの感動は
とても大きかった。

途中、首都であるので
当時の大統領ジョージ・W・ブッシュを乗せたリムジンを見たこと、
その近くに銃口を向けるSPがいたこと、
ペンタゴンであっちへいけとポーズされたことすべてがいい思い出だ。
約1ヶ月アメリカにいたが、毎日聞いていると話すことはできないが、
耳が慣れ聞き取れるようになるから人間の耳はすごいと思った。


3ヶ国目。

韓国ソウルへ。

韓国に行きなれた妹と、初海外の弟と
兄弟3人で行く。

飛行機では、
CAに私には「日本語」で、妹には「韓国語」で、弟には「中国語」で
それぞれ挨拶をされた。

最大の目的は、ウォーカーヒルでのカジノ。
カジノを堪能韓国料理と、韓国のお酒を堪能した。
また、偽物のブランドを売る店に行き、少し怖い思いもしたが
現地のスーパーで安くて美味しいマンゴーやスイーツを堪能し、
とても平和で楽しい旅行だった。


4ヶ国目(5ヶ国目)

新婚旅行でイタリアへ。

はじめてのガイド付きの旅行だった。
ミラノ、ベネチア、ローマを回る旅。
トイレが毎回有料なのには、ちびタンクの私は困りました。
ミラノでは、怪しいスリらしき人物が近づいてきて焦った。

料理はとにかく美味しい。
そして、コーヒーもデザートも素晴らしい。
料理にとにかく感動をした。

ベネチアでは、ハードロックカフェへも行けた。

ローマでは、国全体が世界遺産であり世界一小さい国である、
バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂へも行く。5ヶ国目だ。

イタリアと、バチカン市国の国境を跨いで
写真を撮ったのがいい思い出だ。

6カ国目。

出張にて中国へ。

会社の下請け工場を視察のため
土曜日の健康診断後、
2泊3日の強行スケジュールで
土日潰して休みなしの12連勤で
中国人の隣の課の上司と同行出張。

厦門航空の大半を占める中国人乗客の
騒がしさに出発から頭を抱えた。
しかし、ビジュアルに反して、
機内食の味が私の想像斜め上の美味しさに
脳がバグった記憶がある。

深夜に厦門空港に到着にも関わらず
下請け工場から、ホテルまでの運転手が
手配されていた。
町中の監視カメラが私の動向が
一部始終撮影されているという注意を受け
車は走り出す。

そして、馬鹿でかいホテルの
馬鹿でかい部屋に案内され
たくさんのフルーツに歓迎された。
深夜にもかかわらず中国人上司の部屋で
手厚いお酒での歓迎を受け、
疲労と、お酒でだだっ広い部屋で
どうやら泥の様に眠ったようだ。

目覚めて、異国の地に改めて驚く。

英語が全然通じない。
めちゃくちゃおもてなしされ、歓迎される。
中国語のは通音は本当に難しい。
厦門は南国。
「謝謝」くらいしか発音が通じないので連呼すると
「謝謝しか言えないのか」的に馬鹿にされる。

帰りの飛行機で、
着席サイン点灯後、
まさかの人生最大の尿意と闘うことになる。
しかも、乱気流のため飛行機は大幅に遅れている。
もう、限界。
そんな尿意の限界と闘った旅だった。
その後の関空での解放は、
最高であり、
永遠に関空のトイレから出られない
と思うくらい滞在時間が長かった。


世界は広い。
人生は短い。


歳を取ってもうバックパックの旅行は
もうできないと思う。
また、子育てが落ち着いたら
海外にも行きたいと思う。

コロナ渦では海外旅行を控えるムードだったが
そんなムードも解消された。
とはいえ、円安でなかなか海外に行くのも大変だが
異国で異文化に触れることで学ぶことは多いので
是非とも、子どもたちには学んだ英語を活かし
海外旅行には若いうちに行って欲しいと思う。

とにかく、英検3級おめでとう!


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