大雨警報の発令で午後から臨時休校となり、生徒たちは三々五々帰宅の途についた。だが、まだ雨は降り始めていない。教室にはもう二人しか残っていなかった。陸上競技のト…
電車の窓 雨が 斜めの点線をいくつも描いて 向こうの空 一面の灰色 灰色の空 ときおり躁いで そのたび 軽くはずんで 畑の黒土に 雨が降る 雨の滲んだ黒土 鳥たち …
ついさっき夢の中で 亡くなった方とお話をした 誰かの結婚式に出席したあとの帰り道 駅まで歩きながらお話をした 今は畑をやっているんだって 知らない野菜の名前をたくさ…
大勢の人が歩いているのに この交差点のなんと閑散としていることか 信号の灯りは消えて 空は夜が明ける前の暗さだ みんな同じ方向に歩きながら 不安そうにあたりを見回し…
明るさは 雲の下 僅かな隙間から 訪れる いつも少しずつ違う色合い 鳥たち 囀ずるよ 枝から枝へ渡りながら 川の流れは 速く ゆるやかに 魚たち 速い流れに流され…
詩の言葉の重層性と言えば、平安和歌の掛詞はもちろんのこと、『常陸国風土記』に載る諺「握り飯筑波」の古にもさかのぼる。これらの場合、同音の異語が利用される。「握…
朝よりも静かなねじ巻き時計の音を聞いていた 連続する重たい空と向かい合ったこの部屋には たしか時計はなかったのにと思いながら 午後四時を過ぎた部屋の中はもう日の翳…
冬の日の午後の日向の果ての無さ観音堂の鐘鳴り渡る 白い月のそばをゆっくり遠ざかる飛行機を見る人の悲しさ
鉢植えのコーヒーの葉に秋の陽はゆらりと照りて風は止まりぬ 街に出て見上げてみれば黄葉せるメタセコイアは空に突き立つ
少しずつテンポを落としながら繰り返されるメロディーが途中で終わった後の静かさの方がおかしくて、自分の手でまた巻き戻して次の静かさを心待ちにしていた。 時折訪れ…
垂直な机の天板に固定された 果物籠とコーヒー挽き 斜めの線はまっすぐにゆがんで 前を見つめたまま後ろを気にするような 悲しげな顔をしているからか 吐く息も吸う息も …
階段を降りきろうとしたところで 目の前をかすめてはらりと落ちたのは 鳩の羽根だったか 最後の一段を軽やかに踏みきったところで ドアを閉じて去った電車は各駅停車だっ…
花にらを屋根に咲かせて住む人の朝餉の膳の目玉焼きかな 空に雲庭に花にら咲き群れて我が唇にヘルペスのあり
あ 今、一瞬 風が強くなったね 声が耳の中に響いた ガラス窓の向こうの遠い森の表皮が たしかにざわめきを少し変化させたようだった 午後の部屋には静かな眠気と 明るい…
――あをみづら依網の原に人も逢はぬかも いはばしる淡海縣の物語せむ(万葉集・巻七) あをみづら のことを考えていたら だんだんと日が暮れて 書いているノートの字…
岡 久生
2022年7月18日 05:51
大雨警報の発令で午後から臨時休校となり、生徒たちは三々五々帰宅の途についた。だが、まだ雨は降り始めていない。教室にはもう二人しか残っていなかった。陸上競技のトラックをはさんだ向こう側はこんもりとした山になっていて、木々が大きく風に揺れている。しかし、閉ざされたガラス窓の内側には外の音は聞こえて来ない。 ーなんだか こわいくらいね。 ー僕たちは窓の内側にいるから 平気だよ。 時折、霧のよう
2024年5月1日 22:18
電車の窓 雨が斜めの点線をいくつも描いて向こうの空 一面の灰色灰色の空 ときおり躁いでそのたび 軽くはずんで畑の黒土に 雨が降る雨の滲んだ黒土鳥たち 何かを啄んで歩く畑の果てには辛夷の木辛夷の木 蕾 ふくらみ 空へと 突き上げる息吹き高く上がり 見えなくなるまで一羽の鳥の胸騒ぎ畑の黒土を 蹴り大きな不安の群れとなる空をうねる群れ ときおり躁いでそのたび 少
2024年4月19日 21:35
ついさっき夢の中で亡くなった方とお話をした誰かの結婚式に出席したあとの帰り道駅まで歩きながらお話をした今は畑をやっているんだって知らない野菜の名前をたくさん教えてくれたそれから自転車を買ってねだからずいぶん便利になったよあれからもう十年ですかね電車に乗る前に夢から覚めたまだ少し暗い部屋で目を開けると招き猫の柄の栞がはさまった本や懐中電灯の入った箱うつ伏せの自分の体の重みが
2024年4月3日 22:43
大勢の人が歩いているのにこの交差点のなんと閑散としていることか信号の灯りは消えて空は夜が明ける前の暗さだみんな同じ方向に歩きながら不安そうにあたりを見回しているぼくはポストを探しているついはという名の人に手紙を出すんだけれどついはについてぼくが知っているのは彼女が自分の苦しみのことで精いっぱいで自分が人を傷つけていることについては何も気づいていないということだけ今の仄暗
2024年3月3日 07:17
明るさは 雲の下 僅かな隙間から訪れる いつも少しずつ違う色合い鳥たち 囀ずるよ 枝から枝へ渡りながら川の流れは 速く ゆるやかに魚たち 速い流れに流されて気がついて玉藻なす 尾をなびかせて 泳ぎ出すさやさや なづの木玉の音 ゆらゆら築き立つる 柱メタセコイヤはもみぢしてピラカンサ 赤い実似合う 空支えている魚たちは眠る 川の底ぼくは立っている 川のほとり静
2024年2月25日 23:29
詩の言葉の重層性と言えば、平安和歌の掛詞はもちろんのこと、『常陸国風土記』に載る諺「握り飯筑波」の古にもさかのぼる。これらの場合、同音の異語が利用される。「握り飯筑波」の例で言えば、地名としての「筑波」の「つく」と、飯を握るときに飯粒が「手に着く」の「つく」が同音であることを利用した表現である。紀貫之が仮名で書く日記というスタイルを打ち立てたのも、一つには言葉の意味の重層性を表現に取り入れるため
2024年2月1日 07:28
朝よりも静かなねじ巻き時計の音を聞いていた連続する重たい空と向かい合ったこの部屋にはたしか時計はなかったのにと思いながら午後四時を過ぎた部屋の中はもう日の翳る季節だどの家も西側の壁が柔らかな光を映しているどこかの庭の鉄製フェンスに取り付けられた扉を閉じる音なのだろう永遠を思わせる遠さがあった思い出していた階段から見下ろす螺旋には僕を引き寄せる力がある少しずつ遠くなってゆく足
2024年1月21日 07:33
冬の日の午後の日向の果ての無さ観音堂の鐘鳴り渡る白い月のそばをゆっくり遠ざかる飛行機を見る人の悲しさ
2023年12月30日 07:44
鉢植えのコーヒーの葉に秋の陽はゆらりと照りて風は止まりぬ街に出て見上げてみれば黄葉せるメタセコイアは空に突き立つ
2023年12月30日 03:36
古堀冬生はペンネームを変更しました。今後ともよろしくお願いします。
2023年11月29日 19:08
少しずつテンポを落としながら繰り返されるメロディーが途中で終わった後の静かさの方がおかしくて、自分の手でまた巻き戻して次の静かさを心待ちにしていた。 時折訪れる予定外の躓きはつかの間の雨の止み間のようで好ましく、僕の中で絡み合っていた何かも、発熱の日の夕暮れ時みたいに、躓きながら緩んでくるようだった。 一日中寝汗をかきながらまどろみ続け、扇風機のタイマーが切れて羽根の回転が緩み、風が止まり
2023年10月8日 07:37
垂直な机の天板に固定された果物籠とコーヒー挽き斜めの線はまっすぐにゆがんで前を見つめたまま後ろを気にするような悲しげな顔をしているからか吐く息も吸う息も空気はみんなひどく冷たくなってしまう貧しい色彩に籠められた感情は頬杖をついた人の目から放射されて閉ざされた部屋の空気の中に凍り付きその冷たさの感触がさっき私に手渡されたものだったらしい吊るされた牛の枝肉の横に立っている
2023年10月1日 17:02
階段を降りきろうとしたところで目の前をかすめてはらりと落ちたのは鳩の羽根だったか最後の一段を軽やかに踏みきったところでドアを閉じて去った電車は各駅停車だったが別段くやしくもない、と感じるそう言えば、見たこともない駅のホームで目覚めた夜があった根拠のない確信を持って歩き出した帰り道がどんなに歩いても見知らぬ光景の連続で一足ごとに怪しさがふくらんで行った真昼の駅のホームには
2023年9月23日 11:36
花にらを屋根に咲かせて住む人の朝餉の膳の目玉焼きかな空に雲庭に花にら咲き群れて我が唇にヘルペスのあり
2023年9月3日 07:43
あ 今、一瞬 風が強くなったね声が耳の中に響いたガラス窓の向こうの遠い森の表皮がたしかにざわめきを少し変化させたようだった午後の部屋には静かな眠気と明るい光が満ちているあ 風が止まったよ君はいないのに君の声はまた耳の中に響きわたる刻々と変化する風の勢いを見渡す自分の位置を確認して時間は考えなくていいんだと改めて理解する歌は会話文だ物語の中で登場人物たちは歌で会話
2023年8月10日 09:26
――あをみづら依網の原に人も逢はぬかも いはばしる淡海縣の物語せむ(万葉集・巻七)あをみづらのことを考えていたらだんだんと日が暮れて書いているノートの字も見えなくなってきたこの空の色を何と呼んだらいいのかぼくは知らないあをみづらの青は、ひょっとしたらこんな空の色なのかも知れないあをみづらを寄せ編んでいるのは女で男は目を閉じ、するがままにさせているでもそれは男の空