岡 久生

ペンネームを変更しました。今までの古堀冬生名義の作品も全て新しい名前の名義にします。こ…

岡 久生

ペンネームを変更しました。今までの古堀冬生名義の作品も全て新しい名前の名義にします。これからもよろしくお願いします。

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〈小説〉霧雨の中

 大雨警報の発令で午後から臨時休校となり、生徒たちは三々五々帰宅の途についた。だが、まだ雨は降り始めていない。教室にはもう二人しか残っていなかった。陸上競技のトラックをはさんだ向こう側はこんもりとした山になっていて、木々が大きく風に揺れている。しかし、閉ざされたガラス窓の内側には外の音は聞こえて来ない。  ーなんだか こわいくらいね。  ー僕たちは窓の内側にいるから 平気だよ。   時折、霧のような細かな雨つぶがまとまって横に流れ、森全体がざわめく一つの生き物のように見える。

    • 〈詩〉ついさっき

      ついさっき夢の中で 亡くなった方とお話をした 誰かの結婚式に出席したあとの帰り道 駅まで歩きながらお話をした 今は畑をやっているんだって 知らない野菜の名前をたくさん教えてくれた それから自転車を買ってね だからずいぶん便利になったよ あれからもう十年ですかね 電車に乗る前に夢から覚めた まだ少し暗い部屋で目を開けると 招き猫の柄の栞がはさまった本や 懐中電灯の入った箱 うつ伏せの自分の体の重みが 自分の体の形に布団を押している それから起き上がって 今日の仕事に出掛けた 玄

      • ついはに送る手紙のこと

        大勢の人が歩いているのに この交差点のなんと閑散としていることか 信号の灯りは消えて 空は夜が明ける前の暗さだ みんな同じ方向に歩きながら 不安そうにあたりを見回している ぼくはポストを探している ついはという名の人に手紙を出すんだ けれどついはについてぼくが知っているのは 彼女が自分の苦しみのことで精いっぱいで 自分が人を傷つけていることについては 何も気づいていないということだけ 今の仄暗さの中には 明るさへの微かな兆しもなくて ときおり向こうから来る人たちとすれ違っ

        • 〈詩〉魚たちの眠る空の下

          明るさは 雲の下 僅かな隙間から 訪れる いつも少しずつ違う色合い 鳥たち 囀ずるよ 枝から枝へ渡りながら 川の流れは  速く ゆるやかに 魚たち 速い流れに流されて 気がついて 玉藻なす 尾をなびかせて 泳ぎ出す さやさや なづの木 玉の音 ゆらゆら 築き立つる 柱 メタセコイヤはもみぢして ピラカンサ 赤い実似合う 空 支えている 魚たちは眠る 川の底 ぼくは立っている 川のほとり 静かな空 底 深いところ 声 聞こえて  歌っているのかな 微かに  さやさや 

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        〈小説〉霧雨の中

          〈文芸批評〉詩の言葉の意味の重層性ー「いわまのきわ」をめぐってー

           詩の言葉の重層性と言えば、平安和歌の掛詞はもちろんのこと、『常陸国風土記』に載る諺「握り飯筑波」の古にもさかのぼる。これらの場合、同音の異語が利用される。「握り飯筑波」の例で言えば、地名としての「筑波」の「つく」と、飯を握るときに飯粒が「手に着く」の「つく」が同音であることを利用した表現である。紀貫之が仮名で書く日記というスタイルを打ち立てたのも、一つには言葉の意味の重層性を表現に取り入れるための方法としてであったであろう。  さて、この伝統的な表現技法は、現代詩の中でも効

          〈文芸批評〉詩の言葉の意味の重層性ー「いわまのきわ」をめぐってー

          〈詩〉踏みとどまる夕暮れ

          朝よりも静かなねじ巻き時計の音を聞いていた 連続する重たい空と向かい合ったこの部屋には たしか時計はなかったのにと思いながら 午後四時を過ぎた部屋の中はもう日の翳る季節だ どの家も西側の壁が柔らかな光を映している どこかの庭の鉄製フェンスに取り付けられた 扉を閉じる音なのだろう 永遠を思わせる遠さがあった 思い出していた 階段から見下ろす螺旋には僕を引き寄せる力がある 少しずつ遠くなってゆく足元のその先の 視界の奥から暗さが上がってくるのが見えた 階段の手すりに蜘蛛の巣を

          〈詩〉踏みとどまる夕暮れ

          〈短歌二首〉冬の日

          冬の日の午後の日向の果ての無さ観音堂の鐘鳴り渡る 白い月のそばをゆっくり遠ざかる飛行機を見る人の悲しさ

          〈短歌二首〉冬の日

          短歌二首

          鉢植えのコーヒーの葉に秋の陽はゆらりと照りて風は止まりぬ 街に出て見上げてみれば黄葉せるメタセコイアは空に突き立つ

          古堀冬生はペンネームを変更しました。今後ともよろしくお願いします。

          古堀冬生はペンネームを変更しました。今後ともよろしくお願いします。

          〈詩〉ほどけていく

          少しずつテンポを落としながら繰り返されるメロディーが途中で終わった後の静かさの方がおかしくて、自分の手でまた巻き戻して次の静かさを心待ちにしていた。 時折訪れる予定外の躓きはつかの間の雨の止み間のようで好ましく、僕の中で絡み合っていた何かも、発熱の日の夕暮れ時みたいに、躓きながら緩んでくるようだった。 一日中寝汗をかきながらまどろみ続け、扇風機のタイマーが切れて羽根の回転が緩み、風が止まり、訪れた静かさの中に眩暈の感触が兆し、横目で見るとそこに寝ている僕が見えるほど、

          〈詩〉ほどけていく

          〈詩〉油彩の静物画

          垂直な机の天板に固定された 果物籠とコーヒー挽き 斜めの線はまっすぐにゆがんで 前を見つめたまま後ろを気にするような 悲しげな顔をしているからか 吐く息も吸う息も 空気はみんなひどく冷たくなってしまう 貧しい色彩に籠められた感情は 頬杖をついた人の目から放射されて 閉ざされた部屋の空気の中に凍り付き その冷たさの感触が さっき私に手渡されたものだったらしい 吊るされた牛の枝肉の横に立っている人 レモンと花束とワインボトル 生きていることの方がよっぽど貧相だね ささやく声

          〈詩〉油彩の静物画

          〈詩〉真昼の駅

          階段を降りきろうとしたところで 目の前をかすめてはらりと落ちたのは 鳩の羽根だったか 最後の一段を軽やかに踏みきったところで ドアを閉じて去った電車は各駅停車だったが 別段くやしくもない、と感じる そう言えば、見たこともない駅のホームで 目覚めた夜があった 根拠のない確信を持って歩き出した帰り道が どんなに歩いても見知らぬ光景の連続で 一足ごとに怪しさがふくらんで行った 真昼の駅のホームにはもうだれもおらず ただ夏の陽射しだけが照りつけている 陽炎の向こうに浮かぶ不機嫌

          〈詩〉真昼の駅

          〈短歌〉花にら

          花にらを屋根に咲かせて住む人の朝餉の膳の目玉焼きかな 空に雲庭に花にら咲き群れて我が唇にヘルペスのあり

          〈短歌〉花にら

          〈詩〉時の遠近

          あ 今、一瞬 風が強くなったね 声が耳の中に響いた ガラス窓の向こうの遠い森の表皮が たしかにざわめきを少し変化させたようだった 午後の部屋には静かな眠気と 明るい光が満ちている あ 風が止まったよ 君はいないのに 君の声はまた耳の中に響きわたる 刻々と変化する風の勢いを見渡す 自分の位置を確認して 時間は考えなくていいんだと 改めて理解する 歌は会話文だ 物語の中で登場人物たちは歌で会話するんだ どんなに遠い場所もこことつながっている ざわめく森の向こうの青い空が

          〈詩〉時の遠近

          〈詩〉あをみづら

          ――あをみづら依網の原に人も逢はぬかも   いはばしる淡海縣の物語せむ(万葉集・巻七) あをみづら のことを考えていたら だんだんと日が暮れて 書いているノートの字も見えなくなってきた この空の色を何と呼んだらいいのか ぼくは知らない あをみづら の青は、ひょっとしたら こんな空の色なのかも知れない あをみづら を寄せ編んでいるのは女で 男は目を閉じ、するがままにさせている でもそれは男の空想 依網の原には風が吹き 茅萱やなんかが揺れていて 人の姿は見られないまま や

          〈詩〉あをみづら

          〈詩〉向こうの丘の斜面に

          あかりが灯っている 坂を上りきって振り返ると 谷を挟んだ向こうの丘の 斜面に立ち並ぶ家々の窓あかり レモンの花が咲き ユスラウメの赤い実のなる季節だ 昼間のあたたかさを残しながらも もうすっかり日の落ちた街に さわやかな匂いをふくんだ空気が満ちる そこで待っててね 先に行っちゃ、いやだよ 聞き覚えがあるのは もちろん、ぼく自身の声だからだ こんなふうに明るい夜だった 急がないとみんな行っちゃう 足先ばかりを見ていた あかりが灯っていた 見覚えある通り沿いに遠

          〈詩〉向こうの丘の斜面に