岡 久生

ペンネームを変更しました。今までの古堀冬生名義の作品も全て新しい名前の名義にします。こ…

岡 久生

ペンネームを変更しました。今までの古堀冬生名義の作品も全て新しい名前の名義にします。これからもよろしくお願いします。

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〈小説〉霧雨の中

 大雨警報の発令で午後から臨時休校となり、生徒たちは三々五々帰宅の途についた。だが、まだ雨は降り始めていない。教室にはもう二人しか残っていなかった。陸上競技のトラックをはさんだ向こう側はこんもりとした山になっていて、木々が大きく風に揺れている。しかし、閉ざされたガラス窓の内側には外の音は聞こえて来ない。  ーなんだか こわいくらいね。  ー僕たちは窓の内側にいるから 平気だよ。   時折、霧のような細かな雨つぶがまとまって横に流れ、森全体がざわめく一つの生き物のように見える。

    • 〈詩〉帰り道

      わずかな重みを持った梅雨入り前の風がぼくに触れ 薄青い空の奥に鈍さが少しずつ増して暮れてゆく 帰り道をたどる一歩と次の一歩との間合いが次第に遠くなり やがて次の一歩が出なくなる予感が兆す 次の一歩を踏み出せなくなる時を思うに連れ 歩みは軽く粘り気を帯び やがて空気を我が身にまつわりつかせる 空気の濃密さが増すほどに意識はかえって希薄となり 体の動きは惰性となり ぼくの行く手は曖昧になる 街灯と街灯の間にいくつもの薄闇がわだかまり それらをいくつ通り抜けても 帰り道はす

      • 〈詩〉雨

        雨が一本道を濡らし 地面に淀んだ光がゆがみ 暗闇からどくだみの花が現れ 帰り道は延々と続き 雨に濡れた一本道を思い 地面に淀んだ光のゆがみを思い 暗闇から現れるどくだみの花を思い 真昼の明るい川べりを歩くとは 何事の兆しか 高校生の自転車は私を追い越し 水遊びに興じる親子の周りで 川面は一斉にきらめきはじめ 花々が豊かに咲き誇れば 私はもう果てないことを憂えもしないが それは延々と続く道の途方も無さに すでに諦めの心持ちが萠し 昨夜の雨の中に現れ出たのは あれは本当にど

        • 〈短歌1首〉白樫

          白樫の枝葉の茂りそが中の雉鳩の巣をたれか毀ちぬ

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        〈小説〉霧雨の中

          〈短歌〉歩きながら3首

          朝曇り雉鳩の声響くなり谷間の駅へ続く坂道 ギボウシの薄い緑の葉を濡らし雨は降る降る天高くより 風の中に草の香りのふくらんで雨雲走る空の遠くを  通勤を自動車から電車に変えたところ、歩きなから歌を思うことが増えました。それぞれ行きや帰りや、別々に出てきた歌です。

          〈短歌〉歩きながら3首

          〈詩〉むくどり

          電車の窓 雨が 斜めの点線をいくつも描いて 向こうの空 一面の灰色 灰色の空 ときおり躁いで そのたび 軽くはずんで 畑の黒土に 雨が降る 雨の滲んだ黒土 鳥たち 何かを啄んで歩く 畑の果てには辛夷の木 辛夷の木 蕾 ふくらみ  空へと 突き上げる息吹き 高く上がり 見えなくなるまで 一羽の鳥の胸騒ぎ 畑の黒土を 蹴り 大きな不安の群れとなる 空をうねる群れ ときおり躁いで そのたび 少し恥じ入って 見たことのない角度に曲がる 影が光り 色が変わり 大きな塊が流れ

          〈詩〉むくどり

          〈詩〉ついさっき

          ついさっき夢の中で 亡くなった方とお話をした 誰かの結婚式に出席したあとの帰り道 駅まで歩きながらお話をした 今は畑をやっているんだって 知らない野菜の名前をたくさん教えてくれた それから自転車を買ってね だからずいぶん便利になったよ あれからもう十年ですかね 電車に乗る前に夢から覚めた まだ少し暗い部屋で目を開けると 招き猫の柄の栞がはさまった本や 懐中電灯の入った箱 うつ伏せの自分の体の重みが 自分の体の形に布団を押している それから起き上がって 今日の仕事に出掛けた 玄

          〈詩〉ついさっき

          ついはに送る手紙のこと

          大勢の人が歩いているのに この交差点のなんと閑散としていることか 信号の灯りは消えて 空は夜が明ける前の暗さだ みんな同じ方向に歩きながら 不安そうにあたりを見回している ぼくはポストを探している ついはという名の人に手紙を出すんだ けれどついはについてぼくが知っているのは 彼女が自分の苦しみのことで精いっぱいで 自分が人を傷つけていることについては 何も気づいていないということだけ 今の仄暗さの中には 明るさへの微かな兆しもなくて ときおり向こうから来る人たちとすれ違っ

          ついはに送る手紙のこと

          〈詩〉魚たちの眠る空の下

          明るさは 雲の下 僅かな隙間から 訪れる いつも少しずつ違う色合い 鳥たち 囀ずるよ 枝から枝へ渡りながら 川の流れは  速く ゆるやかに 魚たち 速い流れに流されて 気がついて 玉藻なす 尾をなびかせて 泳ぎ出す さやさや なづの木 玉の音 ゆらゆら 築き立つる 柱 メタセコイヤはもみぢして ピラカンサ 赤い実似合う 空 支えている 魚たちは眠る 川の底 ぼくは立っている 川のほとり 静かな空 底 深いところ 声 聞こえて  歌っているのかな 微かに  さやさや 

          〈詩〉魚たちの眠る空の下

          〈文芸批評〉詩の言葉の意味の重層性ー「いわまのきわ」をめぐってー

           詩の言葉の重層性と言えば、平安和歌の掛詞はもちろんのこと、『常陸国風土記』に載る諺「握り飯筑波」の古にもさかのぼる。これらの場合、同音の異語が利用される。「握り飯筑波」の例で言えば、地名としての「筑波」の「つく」と、飯を握るときに飯粒が「手に着く」の「つく」が同音であることを利用した表現である。紀貫之が仮名で書く日記というスタイルを打ち立てたのも、一つには言葉の意味の重層性を表現に取り入れるための方法としてであったであろう。  さて、この伝統的な表現技法は、現代詩の中でも効

          〈文芸批評〉詩の言葉の意味の重層性ー「いわまのきわ」をめぐってー

          〈詩〉踏みとどまる夕暮れ

          朝よりも静かなねじ巻き時計の音を聞いていた 連続する重たい空と向かい合ったこの部屋には たしか時計はなかったのにと思いながら 午後四時を過ぎた部屋の中はもう日の翳る季節だ どの家も西側の壁が柔らかな光を映している どこかの庭の鉄製フェンスに取り付けられた 扉を閉じる音なのだろう 永遠を思わせる遠さがあった 思い出していた 階段から見下ろす螺旋には僕を引き寄せる力がある 少しずつ遠くなってゆく足元のその先の 視界の奥から暗さが上がってくるのが見えた 階段の手すりに蜘蛛の巣を

          〈詩〉踏みとどまる夕暮れ

          〈短歌二首〉冬の日

          冬の日の午後の日向の果ての無さ観音堂の鐘鳴り渡る 白い月のそばをゆっくり遠ざかる飛行機を見る人の悲しさ

          〈短歌二首〉冬の日

          短歌二首

          鉢植えのコーヒーの葉に秋の陽はゆらりと照りて風は止まりぬ 街に出て見上げてみれば黄葉せるメタセコイアは空に突き立つ

          古堀冬生はペンネームを変更しました。今後ともよろしくお願いします。

          古堀冬生はペンネームを変更しました。今後ともよろしくお願いします。

          〈詩〉ほどけていく

          少しずつテンポを落としながら繰り返されるメロディーが途中で終わった後の静かさの方がおかしくて、自分の手でまた巻き戻して次の静かさを心待ちにしていた。 時折訪れる予定外の躓きはつかの間の雨の止み間のようで好ましく、僕の中で絡み合っていた何かも、発熱の日の夕暮れ時みたいに、躓きながら緩んでくるようだった。 一日中寝汗をかきながらまどろみ続け、扇風機のタイマーが切れて羽根の回転が緩み、風が止まり、訪れた静かさの中に眩暈の感触が兆し、横目で見るとそこに寝ている僕が見えるほど、

          〈詩〉ほどけていく

          〈詩〉油彩の静物画

          垂直な机の天板に固定された 果物籠とコーヒー挽き 斜めの線はまっすぐにゆがんで 前を見つめたまま後ろを気にするような 悲しげな顔をしているからか 吐く息も吸う息も 空気はみんなひどく冷たくなってしまう 貧しい色彩に籠められた感情は 頬杖をついた人の目から放射されて 閉ざされた部屋の空気の中に凍り付き その冷たさの感触が さっき私に手渡されたものだったらしい 吊るされた牛の枝肉の横に立っている人 レモンと花束とワインボトル 生きていることの方がよっぽど貧相だね ささやく声

          〈詩〉油彩の静物画