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〈小説〉霧雨の中

 大雨警報の発令で午後から臨時休校となり、生徒たちは三々五々帰宅の途についた。だが、まだ雨は降り始めていない。教室にはもう二人しか残っていなかった。陸上競技のトラックをはさんだ向こう側はこんもりとした山になっていて、木々が大きく風に揺れている。しかし、閉ざされたガラス窓の内側には外の音は聞こえて来ない。
 ーなんだか こわいくらいね。
 ー僕たちは窓の内側にいるから 平気だよ。 
 時折、霧のような細かな雨つぶがまとまって横に流れ、森全体がざわめく一つの生き物のように見える。
 ー海の底にも こういう所がありそう。
 ー海の底へなんか行ったこともないくせに。
 はじめにこわいくらいと言ったのは早苗の方だったが、早苗はすでに恐ろしいものの持つ魅力に気づき始めていた。平気だと言ったのは友彦の方だったが、友彦は自分の感じている恐ろしさに未だ気づかないままであった。友彦の感じている恐ろしさと言ったが、それを恐ろしさと呼ぶのは正確ではなく、まだ名付けられる以前の生の感覚そのものとしか言いようがないのかもしれない。誰にも見つけられていなかったその感覚に始めに気づいたのは早苗の方だった。
 ーあの森の雨と風の中に行ってみたいな。
 ー止した方がいい。
 ーなんで?
 早苗に友彦をからかう気持ちがきざし始めたが、今度はそのことに早苗がまだ気づいていなかった。

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