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〈詩〉ほどけていく

少しずつテンポを落としながら繰り返されるメロディーが途中で終わった後の静かさの方がおかしくて、自分の手でまた巻き戻して次の静かさを心待ちにしていた。

 時折訪れる予定外の躓きはつかの間の雨の止み間のようで好ましく、僕の中で絡み合っていた何かも、発熱の日の夕暮れ時みたいに、躓きながら緩んでくるようだった。

 一日中寝汗をかきながらまどろみ続け、扇風機のタイマーが切れて羽根の回転が緩み、風が止まり、訪れた静かさの中に眩暈の感触が兆し、横目で見るとそこに寝ている僕が見えるほど、僕は僕からほどけてしまう。

 全てがほどけた後の部屋いっぱいに充満する静かさの中、回転の結果としてこちらに背中を向けたままじっとしている陶器の熊は、ところどころに埃をこびりつかせていて、この部屋の中の時間は止まっているみたいだけれど、その間にも年月が誰にも知られず流れていたことに、今ようやく気づかされたから、僕はそこに寝ている僕にさよならと呼びかけてみた。

 すると寝返りを打ってこっちを向いて、その命を誰にあげるのと聞いてきた。誰にあげるつもりもなかったので、意表をつかれて息を止めたのだけれど、やがて鼻から漏れ出した空気が部屋の中を薄く満たしながら微熱を帯びた巡りを作っていることに気づき、やれやれと思ってまたねじを巻くことにした。

 陶器の熊がゆっくりとまわり、メロディーがほどけながら巡ってゆくに連れて、深く湿った空気の肌触りはむしろ世界と僕との境界線を際立たせるじゃないか、なんていう想いが浮かんでいるのを感じているみたいになっている。そうなっているのが目の前に横になっている僕なのかそれとも僕なのかという問題を解く気力は今はない。

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