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〈詩〉時の遠近

あ 今、一瞬 風が強くなったね

声が耳の中に響いた
ガラス窓の向こうの遠い森の表皮が
たしかにざわめきを少し変化させたようだった
午後の部屋には静かな眠気と
明るい光が満ちている

あ 風が止まったよ

君はいないのに
君の声はまた耳の中に響きわたる
刻々と変化する風の勢いを見渡す
自分の位置を確認して
時間は考えなくていいんだと
改めて理解する

歌は会話文だ
物語の中で登場人物たちは歌で会話するんだ

どんなに遠い場所もこことつながっている
ざわめく森の向こうの青い空が
しんしんと深まってゆくことがその証しだ
思い出すのが今で
思い出されるのが過去だとしても
ガラス窓の向こうの遠い森のざわめきに
君が語りかけている今のように
二つの時間は同じ一つの空間を占めている
それなのに どうしてだろう
ぼくはさっきからうなずくばかりで
君に返事をしていなかった

時の遠近ってやつはさ
そういうことなんだ

上空を行き過ぎる雲の加減のせいか
森の梢が時折輝きを増すかと思うと
そのたびごとにまた暗くなって行き
君の独白だけで物語は続いて行く


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