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「あかりの燈るハロー」完結済み 全31話

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六年生になる茜は、五歳で母を亡くし吃音となった。思い出の早口言葉を歌い今日もひとり図書室へ向かう。特別な目で見られ、友達なんていない――吃音を母への愛の証と捉える茜は治療にも前向… もっと読む
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「あかりの燈るハロー」第一話

「あかりの燈るハロー」第一話

プロローグ ゴウン…ガロン…ギ…ギギ…ギ。
 ゴウン…ガロン…ギ…ギギ…ギィィ……。

 やがて、観覧車は完全にその動きをとめ、遊園地にともされたはなやかな電飾も消えると、あたりを静けさが包みこんでいく。

 耳をすませば、かすかに聞こえる波の音だけ。
 あたしは歌う。

 ♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャック・イファウッドチャック・クッドチャックウッド?
 ♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャッ

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「あかりの燈るハロー」第二話

「あかりの燈るハロー」第二話

第一章バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。

(1)

 あたしには最近好きなものができた。
 それはメール。といってもケータイのじゃなくてパソコンのメール。あたしが使っているパソコンはとても型式の古いノートパソコンで、起動するのにびっくりするくらい時間がかかる。それによく途中で突然動かなくなってしまうし、書いていたメールが全部なくなってしまうことだってある。
 電気屋さんに並んでいる、薄くて格好

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「あかりの燈るハロー」第三話

「あかりの燈るハロー」第三話

バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。

(2)

 洗い物をすませると、お父さんと一緒に家を出る。
 お父さんは港区役所に勤める職員で、あたしは西築地小学校の六年生。
 区役所から小学校はほんの目と鼻の先で、なにかあれば、お父さんはいつでもすぐに学校まで飛んでこれる。六年生になった今ではさすがにないけど、四年生になるまでのあたしは、事あるごとにお父さんを呼び出していた。
 もちろん我慢だってする。

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「あかりの燈るハロー」第四話

「あかりの燈るハロー」第四話

バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。
(3)

 始業チャイムと同時に、担任の安西先生が教室に入ってくる。
「おーい、みんな、席に着けー」
 太く男らしい声の印象のまんま、安西先生は男くさい。しわくちゃのワイシャツに緩んだネクタイ、その上にえんじ色の上下ジャージという無骨な格好でまったく女子受けしない。でも男子にはすごく好かれていて、休み時間のたびに先生をサッカーやドッジボールに誘う生徒でクラスは

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「あかりの燈るハロー」第五話

「あかりの燈るハロー」第五話

第二章ハローワールドの住人

(1)

 午前の授業が終わり、給食を食べ終えると、あたしは残りの休み時間を図書室で過ごす。

 ♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャック・イファウッドチャック・クッドチャックウッド?

 図書室へ向かう廊下で、あたしは鼻歌混じりに早口言葉を口ずさむ。
 昔はお母さんとよく言葉遊びをした。ロンドン橋や十人のインディアン、ヒッコリー・ディッコリー・ドックなんかの言葉遊びも

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「あかりの燈るハロー」第六話

「あかりの燈るハロー」第六話

ハローワールドの住人

(2)

 その夜、お父さんが夕食時にこんなことをいい出した。
「茜、最近学校はどう? 吉田くんとは仲良くしてる?」
「……」
 普段は、あまり学校のことをきいてはこない。今日に限って、どうして大和のことを出してくるんだろう。相談課でなにかあったのかな、いや大和がおばさんになにか告げ口したのかも……。
 ――いろんな考えが頭を過ぎった。
「どうした? 茜、お腹、空いてないの

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「あかりの燈るハロー」第七話

「あかりの燈るハロー」第七話

ハローワールドの住人

(3)

 パソコンとふたりきりで頭を悩ませる。いろいろ気になることが多すぎる。

『はじめまして、あたしの名前は朱里です。
 あなたとお友だちになりたくて、思い切ってメールを出しました。
 もしよければ、あたしのお友だちになってください』

 何度見ても、メールにはそれしか書いてない。

 ――お友だち……。

 パソコンに突然入り込んできたこの「朱里」っていう人物がいっ

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「あかりの燈るハロー」第八話

「あかりの燈るハロー」第八話

第三章吃音という証明(1)

「茜、おはよう! 今日もよく眠れたかい?」
「……う、うん」
 お父さんの声はいつもと同じに元気だったけど、どことなくさみしそうに見えた。
 トースターが最近よくお目見えする山型のイギリス食パンを跳ね上げると、その勢いに助けられるようにしてあたしは口を開く。
 なにかあったのかな……? と少しだけ心配になったから。
「……お、おおおーお父さんっわっ?」
「お父さん、昨

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「あかりの燈るハロー」第九話

「あかりの燈るハロー」第九話

吃音という証明(2)

 カウンセリングルームを出ると、お父さんが立ち上がってあたしの頭に手を置いて笑顔で迎える。
「おかえり! 茜、今日はどうだった?」
「い、いつ…っもと、かわ、変わらな、……い、いいよ」
「そっか、じゃあちょっと待っててくれな。支払いをしてくるからね。その前にトイレに行ってきていいかな? お父さん、暑くてお水を飲みすぎちゃったよ。茜にはあとでソフトクリームを買ってあげるから、

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「あかりの燈るハロー」第十話

「あかりの燈るハロー」第十話

第四章最高の友だち

[夏休みまで一週間――]

 あたしと朱里はすぐに仲良くなれた。
 これはひとえに朱里のおかげ。とにかく朱里はなにかを聞き出すことがうまい。そしてどんどん話をさせる。聞き上手というのはこういうことをいうんだろうな。
 たとえば好きな食べ物。朱里があたしに好きな食べ物はなに? と質問してくる。『オムレツ』と答えると次には、どんな固さのオムレツが好き? どこで食べたオムレツが一番

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「あかりの燈るハロー」第十一話

「あかりの燈るハロー」第十一話

第五章うるさい! うるさい! うるさい!

(1)

 学校が終わると、脇目も振らずにまっすぐ家に帰る。お母さんの写真にただいまをして、次にノートパソコンを起動。もちろん朱里にメールするためだ。

 Re.ハローワールド
『ただいま! 朱里、今学校から帰ったよ!』

 十分もしないうちに朱里から返信メールが届く。

『おかえり、茜! 学校はどうだった?』

 こんなふうにやり取りするのが日課になっ

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「あかりの燈るハロー」第十二話

「あかりの燈るハロー」第十二話

うるさい! うるさい! うるさい!(2)

 その日の昼休みはウッドチャックの歌も口ずさむことのないまま、まっすぐ図書室へ向かった。休み時間のたびに話しかけてくる友子のことは一切無視をしたままだ。
 きっと今日はついて来ない。そう思っていたのも束の間、友子がかなえと竹下さんを連れて図書室にやってきた。
 あたしが無視を続けるものだから彼女たちに泣きついたんだ。かなえと竹下さんの後ろで、友子がびくつ

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「あかりの燈るハロー」第十三話

「あかりの燈るハロー」第十三話

第六章レインボー薬局(1)

 傾く日差しの中、ジワジワとセミが鳴いている。日中照り付けられたアスファルトには熱がこもり、なにもしていなくてもじんわりと汗が滲んだ。
 商店街のアーケードに入るとそこは日陰、いくらか暑さはしのげるけど、湿度のせいかまとわりつく風すら暑苦しく感じる。
 今ではほとんど利用されなくなったこの商店街は、いつ来ても閑古鳥が鳴いている。お店のいくつかはすでに閉店していて、おろ

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「あかりの燈るハロー」第十四話

「あかりの燈るハロー」第十四話

レインボー薬局
(2)

 Re.ハローワールド
『朱里、ただいま! 今帰ったよ。
 薬局のおばさんがすごく親切にしてくれてびっくり。
 カバンいっぱい必要なものをもらったよ。
 お金は朱里が払ってくれたの?』

 ポロン♭

『おかえり、茜!
 薬局には無事にたどり着けた?
 今では生理用品にもいろいろなタイプがあるはずよ。
 自分に一番使い勝手の良いものを見つけるといいわ。
 薬局のおばさんか

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