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樋口直人ほか 『ネット右翼とは何か』 : 〈学術同人誌〉的な 物足りなさ

書評:樋口直人ほか『ネット右翼とは何か』(青弓社ライブラリー)

良くも悪くも学術調査報告集である。

通常のネット右翼批判書を「批評書」と呼ぶなら、本書は「学術報告書」ということになり、批評を支える基礎研究としては、無論必要かつ貴重なものであろう。けれども、1冊の公刊書としては『誤ったネット右翼を刷新する一一。』などといった「大仰な煽り文句」を付さなければ売れないほど、目新しさに欠けて地味な内容であることも否定できない。
無論、いくつか面白い指摘もあるにはあって、その点で参考にはなるのだが、しかし、8人の著者による6本もの調査研究報告書を読んで、何も得るところがないなどということの方が珍しいのだから、ことさらに高い評価を与えるほどの功績が、本書にあったとは思わない。

本書を、高く評価しすぎる人というのは。

(1)直接的にネット右翼に対峙したことのない、傍観的第三者
(2)「学術」というものの権威を、過剰に有り難がる権威主義者

といったところなのではないだろうか。

つまり、現場で「ネット右翼」と対峙してきた人のことを、「見物客」のような視線で評価して「客観的評価ではない(感情的な評価だ)」などと評価してしまう、気楽な立場の人たちだ。

しかし、「批評」と「学術調査報告」というものは、もともと異質なものである。
それなのに、その「違い」も知らないで、「数値的正確さ」的なものだけを基準にして比較すれば、「批評」というものの価値を見落とすことになるのは理の当然で、それがそのまま本書の過剰評価にもつながるのだろう。

「批評」と「学術調査報告」がどう違うのか、譬え話で説明しよう。

ここに「ネトウヨ」という人がいたとする。
できるかぎり彼にそっくりな絵を描こうとした時、「批評家」というのは「似顔絵画家」のようなものであり、「学術調査者」というのは「極めてドットの荒い写真しか撮れないカメラ」のようなものだと思えばいい。

「似顔絵画家」というのは、対象の「特徴」を抽出し、それを誇張して、実物が与える「印象」をわかりやすく再現しようとする。しかし、当然そこでは「情報の選択」をともなうから、取りこぼされる部分も少なくない。一方、「極めてドットの荒い写真しか撮れないカメラ」の方は、実物の「形」に関しては極めて「正確」ではあるものの、ピントが合っていない写真のように、かなり曖昧な印象の画像にしかならない。
つまり「似顔絵」は「本質」論的なものであり、「極めてドットの荒い写真しか撮れないカメラ」は「輪郭描写」的なものだと言えるだろう。全体としては「似顔絵」の方が鮮明であるものの、細かい部分に注目すれば、そこには「誇張」があり、その意味で「不正確」。一方「極めてドットの荒い写真しか撮れないカメラ」の方は「正確」ではあるけれども「情報」が少なすぎて「ぼんやりした印象」的なものでしかない、ということになる。

このように、両者が、ある「対象」を描こうとした場合、その「目的」や「手法」が最初から異なっており、それぞれに一長一短がある。
それなのに、どちらか一方の手法しか理解していない人は、理解している方の手法で他方を低く評価してしまうし、両方とも理解していない人は、「個人的に好きな方」か「権威のある方」を選んでしまうのである。

私は、本書に原稿を書いている倉橋耕平の『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社)も読んでいれば、統計調査分析が売りの、善教将大『維新支持の分析 ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣)といったお高い専門書も読んでいる。それ以前に、千人ではきかないほど大勢のネット右翼と直接やり合ってもいるし、だから安田浩一も読んでいれば古谷経衡の本も読んでいる。もちろん「ネット右翼」関連だけではなく「右翼」や「保守」の本も読んでいる。そして、そうした読書の一端として、こうした地道な研究書も読んでいるのだ。
だからこそ私は、「現場の声」や「批評」を軽んじて、「学術研究」を過剰に権威づけたがる、偏頗な「知的傲慢さ」を黙認する気にはなれない。

本来なら、こうした地味な研究調査書というのは、一般書としては売りにくいものであり、だからこその過剰な「売り込み」も時には必要なのだろうが、しかし、学者なのであれば「自他の分」というものも弁えるべきだろうし、読者の方も凡庸な権威主義など持たない方がいい。

ろくに知りもしないことについての「他人の仕事」を、いちばん偉そうに評価できるのは、実際のところは、その問題に深くコミットすることのない「傍観的第三者」なのである。

初出:2019年7月18日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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