上村卓
ひきこもりだったころから今までのお話
こぼれた話です
11歳から24歳までの13年間をひきこもりとして過ごした。 実家は鹿児島で、ひきこもりだった13年間は家族以外との接触も会話もほとんどなかった。 ひきこもっていたとき、…
前回からの続き 人間にとっての雑談は猿にとっての毛づくろいと同じようなものだと聞いたことがある。 毛づくろいと聞くと、清潔を保つことが目的のように思えるけれど、…
彼と初めて出会ったのは、宮崎の施設の食堂だった。 朝、目をさまして、身支度を整えてから食堂へ向かう。 朝の食堂には決まった顔ぶれが数名いる程度。 人が少なくてちょ…
いつも自転車で走っていた通学路。 いつも少し緊張してペダルを漕いでいた通学路。 今はちょうど10歳年下の友人が運転する車の後部座席に座りながら進んでいく。 免許取…
引いてください。 私は、取っ手の近くに書いてある指示に従い扉を開ける。 そして、店内に一歩踏み入れる。 「いらっしゃいませ」 そう笑顔で言う店員さんは、私を席へと…
前回の続き 前回の続き ひきこもっていた当時は苦しみから解放されることを願う自分と、ひきこもりである自分には何かを楽しむ権利なんてないのだと考える自罰的な自分が…
このコップを壁に投げつけて割ることができたなら、世界は変わるだろうか。 現状が少しでも揺らぐだろうか。 空っぽの透明なグラスを握りしめる。 握りしめたのはいいけれ…
フォークをくるくると回してパスタを巻きつける。 それを口に運ぶ。 皿から視線をあげると、机をはさんだ向こうの席には父と母がいて、それぞれの料理を食べている。 そ…
夕方、食堂へ向かうために自室を出る。 ひきこもっていた実家を出てから、毎日の食事は施設内の食堂を利用していた。 とくに食堂で食べなければいけないという制限はなく、…
「これは、自転車から降りるべきなのだろうか!?」 いきなりだが、みなさん、上の道路標識が何を意味するのかおわかりになるだろうか? よく見かけるけれど気にしたこと…
前回で家にひきこもっていた13年間のことは一応書き終えた。 そこにも書いたのだが、家を出るためにそれまで自分が書いてきた文章を焼いた。 それは自分の言葉への不信感か…
24歳になった自分の服のサイズを私は知らなかった。 外に出ると決めて、実家の鹿児島から宮崎へと移る際に、数本のズボンとシャツを両親が用意してくれた。 自分が部屋から…
2022年4月1日から18歳が成人年齢となった。 18歳になったら、1人で携帯電話の契約ができたり、クレジットカードがつくれたり、1人暮らしの部屋が借りられたり、パスポート…
前回はひきこもっていたときの一種の山場というか、一番深い底に触れた経験のことを書いた。 noteを始めたときから、書きたいと思っていた事柄であったから、拙いなりにも…
不意に目がさめる。 ナツメ球のオレンジ色の光。 自分のことを思い出すのに少し時間がかかる。 自分がいつ眠ったのか記憶がない。 今、何時だろう。 カーテンの隙間から覗…
夜勤明け。 帰宅ついでに買い出しをすませる。 眠気もあるが、その眠気すら心地よく感じる春の空気。 民家の塀から1本の枝垂桜が顔をのぞかせている。 俯き加減にもみえる…
2021年12月24日 16:07
11歳から24歳までの13年間をひきこもりとして過ごした。実家は鹿児島で、ひきこもりだった13年間は家族以外との接触も会話もほとんどなかった。ひきこもっていたとき、よく窓辺で過ごしていた。家は海の近くにあり、天気しだいでは夜になると波の音が聞こえていた。田舎で街灯が少なかったから、夜になると窓の外は真っ暗だったけれど、月夜の日は地面に木々や建物の影がはっきりと映っていた。ふとそんな光景
2023年8月4日 06:43
前回からの続き人間にとっての雑談は猿にとっての毛づくろいと同じようなものだと聞いたことがある。毛づくろいと聞くと、清潔を保つことが目的のように思えるけれど、猿たちがそれを行う一番の目的は、相手への信頼や信愛を表すことにあるらしい。だから、とくに汚れていなくても、毛づくろいは行われる。当時の私を仮に猿に例えるなら、毛づくろいをするのも、されるのも怖がって、なるべくお互いの手がギリギリ届かな
2023年7月26日 04:33
彼と初めて出会ったのは、宮崎の施設の食堂だった。朝、目をさまして、身支度を整えてから食堂へ向かう。朝の食堂には決まった顔ぶれが数名いる程度。人が少なくてちょっと落ち着く。いつものように朝食をのせたトレーを持って、外の景色が良く見える窓際の席に足を向ける。すると、見かけない10代の少年が私の向かう先の近くのテーブルにいることに気が付く。彼からもう少し離れた別の席に座ろうかなとも思ったけ
2023年6月24日 13:38
いつも自転車で走っていた通学路。いつも少し緊張してペダルを漕いでいた通学路。今はちょうど10歳年下の友人が運転する車の後部座席に座りながら進んでいく。免許取りたての彼の隣には彼のお母さんが座っていて、いろいろと運転のアドバイスをしている。いつもおちゃらけている彼が緊張しているのがなんだかおかしくて自分の緊張が少し緩んだ。みんな少しずつ大人になっていく。私はどうだろう。出かける前
2023年1月15日 16:59
引いてください。私は、取っ手の近くに書いてある指示に従い扉を開ける。そして、店内に一歩踏み入れる。「いらっしゃいませ」そう笑顔で言う店員さんは、私を席へと案内する。席に着いた私にメニューを差し出し、「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言ってその店員さんは他の席へ別の注文をとりに行く。私は、メニューに視線を落とす。席に着いている私はお客さんで、それ以上でも以下でもな
2022年12月2日 22:19
前回の続き前回の続きひきこもっていた当時は苦しみから解放されることを願う自分と、ひきこもりである自分には何かを楽しむ権利なんてないのだと考える自罰的な自分がいた。鬱のような症状からくる寝たきりの状態を脱したひきこもり後半の時期は自分がひきこもりであるという後ろめたさから、両親が仕事で出かけている間に家の掃除や洗濯といった家事をよくしていた。掃除をすることで気分がスッキリするという気
2022年11月24日 18:27
このコップを壁に投げつけて割ることができたなら、世界は変わるだろうか。現状が少しでも揺らぐだろうか。空っぽの透明なグラスを握りしめる。握りしめたのはいいけれど、その次がない。その部屋にはいつだって次がない。私しかいない部屋の中で時間は行き場を無くしていた。そっと手の力をゆるめ、グラスを元あった場所に置く。世界は変わらない。自分はもっと変わらない。私は自分がグラスを割らないこと
2022年10月20日 23:28
フォークをくるくると回してパスタを巻きつける。それを口に運ぶ。皿から視線をあげると、机をはさんだ向こうの席には父と母がいて、それぞれの料理を食べている。それは見慣れない景色で、そこにいるのはなじみの薄い自分だった。10年以上、こんなふうに両親と外食をとる機会はなかった。ひきこもる前、両親と外食していたときの私は、オレンジジュースが入っているグラスやその下に敷かれているコースター、鉄
2022年10月7日 21:21
夕方、食堂へ向かうために自室を出る。ひきこもっていた実家を出てから、毎日の食事は施設内の食堂を利用していた。とくに食堂で食べなければいけないという制限はなく、外食も自由だったし弁当やお惣菜を買って自室で食べることもできた。けれど、経験がほとんどない当時の自分に外食はハードルが高かったし、食堂の方が安く済むし、知っている人しかいないという安心感からほぼ毎日食堂を利用していた。ただ、そうはいっ
2022年7月21日 10:33
「これは、自転車から降りるべきなのだろうか!?」いきなりだが、みなさん、上の道路標識が何を意味するのかおわかりになるだろうか?よく見かけるけれど気にしたことなかったという人も結構いるのではないだろうか。わからなかったところで、とくに困らないという人もいるかもしれない。しかし、13年ぶりに外の世界に出て、13年以上ぶりに自転車で外出していた当時の私にとってはそれはスフィンクスの謎かけば
2022年7月15日 06:53
前回で家にひきこもっていた13年間のことは一応書き終えた。そこにも書いたのだが、家を出るためにそれまで自分が書いてきた文章を焼いた。それは自分の言葉への不信感からだった。今思うとそれは自家中毒のようなものだったのかもしれない。正確にいうと、燃やしたのは、当時の自分の感情や思考を散文にして書き連ねたものだ。それらは全て燃やしてしまった。ただ、詩に関しては一部だけ残した。それは詩とい
2022年7月8日 00:31
24歳になった自分の服のサイズを私は知らなかった。外に出ると決めて、実家の鹿児島から宮崎へと移る際に、数本のズボンとシャツを両親が用意してくれた。自分が部屋から持っていくものは本と、CDとラジカセぐらいだった。財布は父のおさがりだった。財布を持つなんて小学生以来だった。連絡用にとガラケイの携帯電話を渡された。それが初めての携帯だった。連絡する相手なんて誰もいたかったし、インターネッ
2022年6月4日 05:47
2022年4月1日から18歳が成人年齢となった。18歳になったら、1人で携帯電話の契約ができたり、クレジットカードがつくれたり、1人暮らしの部屋が借りられたり、パスポートも取得できたりするようになったとのこと。ひきこもっていた18歳当時の自分には携帯電話もクレジットカードも一人暮らしの部屋もパスポートもほとんどファンタジーの領域に存在するものだったなと、振り返って思う。私が2007年に1
2022年5月17日 19:32
前回はひきこもっていたときの一種の山場というか、一番深い底に触れた経験のことを書いた。noteを始めたときから、書きたいと思っていた事柄であったから、拙いなりにも形にできて少しほっとしている。ただ、前回思いのほかエネルギーを使ったので、今回は少しのんびり行きたい気分。ということで、今回は本筋からは外れて道草を食べる回。そう、第二回ひきこもりこぼれ話。こぼれ話①の続きを書こうかと思ってい
2022年4月30日 17:46
不意に目がさめる。ナツメ球のオレンジ色の光。自分のことを思い出すのに少し時間がかかる。自分がいつ眠ったのか記憶がない。今、何時だろう。カーテンの隙間から覗く向こう側を、暗闇が真っ黒な壁となって塞いでいる。音が何一つしない。その静けさに、まるで私のいる部屋ごと宇宙空間に投げ出されてしまったのではないかと不安になった。とっさに誰かの名前を呼ぼうとするけれど、呼べる名前がないことに愕
2022年4月7日 15:21
夜勤明け。帰宅ついでに買い出しをすませる。眠気もあるが、その眠気すら心地よく感じる春の空気。民家の塀から1本の枝垂桜が顔をのぞかせている。俯き加減にもみえるその顔を、覗きこむように私は見上げる。道沿いにたくさん並んで咲く桜もきれいだけれど、たった一つ置かれてある桜もきれいだなと思う。パステル調の風景が流れていく。赤信号になり、自転車を止める。道路の向こう側には中学生か高校生