上村卓

11歳から不登校となり、24歳までひきこもりとして過ごす。28歳で福祉系の大学に入学し…

上村卓

11歳から不登校となり、24歳までひきこもりとして過ごす。28歳で福祉系の大学に入学し、社会福祉士の資格を取得。現在、重度訪問介護事業所に勤務。自分の経験をアウトプットする練習中。

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ひきこもり歴13年から今にいたるまで①

11歳から24歳までの13年間をひきこもりとして過ごした。 実家は鹿児島で、ひきこもりだった13年間は家族以外との接触も会話もほとんどなかった。 ひきこもっていたとき、よく窓辺で過ごしていた。 家は海の近くにあり、天気しだいでは夜になると波の音が聞こえていた。 田舎で街灯が少なかったから、夜になると窓の外は真っ暗だったけれど、月夜の日は地面に木々や建物の影がはっきりと映っていた。 ふとそんな光景を思い出す。 私は今、東京の大学で福祉を学んでいる。 そして、大学の縁からバ

    • ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑰

      前回からの続き 人間にとっての雑談は猿にとっての毛づくろいと同じようなものだと聞いたことがある。 毛づくろいと聞くと、清潔を保つことが目的のように思えるけれど、猿たちがそれを行う一番の目的は、相手への信頼や信愛を表すことにあるらしい。 だから、とくに汚れていなくても、毛づくろいは行われる。 当時の私を仮に猿に例えるなら、毛づくろいをするのも、されるのも怖がって、なるべくお互いの手がギリギリ届かないくらいの距離で様子を見ている猿だったのかもしれない。 毛づくろいしないといけな

      • ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑯

        彼と初めて出会ったのは、宮崎の施設の食堂だった。 朝、目をさまして、身支度を整えてから食堂へ向かう。 朝の食堂には決まった顔ぶれが数名いる程度。 人が少なくてちょっと落ち着く。 いつものように朝食をのせたトレーを持って、外の景色が良く見える窓際の席に足を向ける。 すると、見かけない10代の少年が私の向かう先の近くのテーブルにいることに気が付く。 彼からもう少し離れた別の席に座ろうかなとも思ったけれど、その決断をするよりも前に目的の席についてしまった。 ここから他の席に移動す

        • ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑮

          いつも自転車で走っていた通学路。 いつも少し緊張してペダルを漕いでいた通学路。 今はちょうど10歳年下の友人が運転する車の後部座席に座りながら進んでいく。 免許取りたての彼の隣には彼のお母さんが座っていて、いろいろと運転のアドバイスをしている。 いつもおちゃらけている彼が緊張しているのがなんだかおかしくて自分の緊張が少し緩んだ。 みんな少しずつ大人になっていく。 私はどうだろう。 出かける前、鏡で確認したネクタイの結び目に手をやる。 彼と私はジャケットを着ている。 見慣

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        ひきこもり歴13年から今にいたるまで①

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          ひきこもりこぼれ話③

          引いてください。 私は、取っ手の近くに書いてある指示に従い扉を開ける。 そして、店内に一歩踏み入れる。 「いらっしゃいませ」 そう笑顔で言う店員さんは、私を席へと案内する。 席に着いた私にメニューを差し出し、「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言ってその店員さんは他の席へ別の注文をとりに行く。 私は、メニューに視線を落とす。 席に着いている私はお客さんで、それ以上でも以下でもない。 私はお客さんと言う枠にすっぽりとおさまっている。 逆に、はみ出していい

          ひきこもりこぼれ話③

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑭

          前回の続き 前回の続き ひきこもっていた当時は苦しみから解放されることを願う自分と、ひきこもりである自分には何かを楽しむ権利なんてないのだと考える自罰的な自分がいた。 鬱のような症状からくる寝たきりの状態を脱したひきこもり後半の時期は自分がひきこもりであるという後ろめたさから、両親が仕事で出かけている間に家の掃除や洗濯といった家事をよくしていた。 掃除をすることで気分がスッキリするという気分転換の側面もあったけれど、何もしないということの重圧は耐えきれないほどに大きか

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑭

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑬

          このコップを壁に投げつけて割ることができたなら、世界は変わるだろうか。 現状が少しでも揺らぐだろうか。 空っぽの透明なグラスを握りしめる。 握りしめたのはいいけれど、その次がない。 その部屋にはいつだって次がない。 私しかいない部屋の中で時間は行き場を無くしていた。 そっと手の力をゆるめ、グラスを元あった場所に置く。 世界は変わらない。 自分はもっと変わらない。 私は自分がグラスを割らないことを知ってしまっていた。 いっそ壊れることができたなら、狂うことが出来たなら楽に

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑬

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑫

          フォークをくるくると回してパスタを巻きつける。 それを口に運ぶ。 皿から視線をあげると、机をはさんだ向こうの席には父と母がいて、それぞれの料理を食べている。 それは見慣れない景色で、そこにいるのはなじみの薄い自分だった。 10年以上、こんなふうに両親と外食をとる機会はなかった。 ひきこもる前、両親と外食していたときの私は、オレンジジュースが入っているグラスやその下に敷かれているコースター、鉄板で音を立てているハンバーグ、使い慣れないフォークやナイフにワクワクしているよう

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑫

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑪

          夕方、食堂へ向かうために自室を出る。 ひきこもっていた実家を出てから、毎日の食事は施設内の食堂を利用していた。 とくに食堂で食べなければいけないという制限はなく、外食も自由だったし弁当やお惣菜を買って自室で食べることもできた。 けれど、経験がほとんどない当時の自分に外食はハードルが高かったし、食堂の方が安く済むし、知っている人しかいないという安心感からほぼ毎日食堂を利用していた。 ただ、そうはいっても、自室から食堂に向かうときは多少の緊張はあったけれど。 エレベーターホール

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑪

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑩

          「これは、自転車から降りるべきなのだろうか!?」 いきなりだが、みなさん、上の道路標識が何を意味するのかおわかりになるだろうか? よく見かけるけれど気にしたことなかったという人も結構いるのではないだろうか。 わからなかったところで、とくに困らないという人もいるかもしれない。 しかし、13年ぶりに外の世界に出て、13年以上ぶりに自転車で外出していた当時の私にとってはそれはスフィンクスの謎かけばりに、命がけの問題であった。 自転車って左側通行だったっけ、いや右だったっけ?

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑩

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑨ おまけ

          前回で家にひきこもっていた13年間のことは一応書き終えた。 そこにも書いたのだが、家を出るためにそれまで自分が書いてきた文章を焼いた。 それは自分の言葉への不信感からだった。 今思うとそれは自家中毒のようなものだったのかもしれない。 正確にいうと、燃やしたのは、当時の自分の感情や思考を散文にして書き連ねたものだ。 それらは全て燃やしてしまった。 ただ、詩に関しては一部だけ残した。 それは詩というものが、私にとって意味が通じる論理というより風景画のスケッチに近いものだったか

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑨ おまけ

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑧

          24歳になった自分の服のサイズを私は知らなかった。 外に出ると決めて、実家の鹿児島から宮崎へと移る際に、数本のズボンとシャツを両親が用意してくれた。 自分が部屋から持っていくものは本と、CDとラジカセぐらいだった。 財布は父のおさがりだった。 財布を持つなんて小学生以来だった。 連絡用にとガラケイの携帯電話を渡された。 それが初めての携帯だった。 連絡する相手なんて誰もいたかったし、インターネットを利用するときはパソコンでことたりていたから。 父と母と私の3人で車に乗りこ

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑧

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑦

          2022年4月1日から18歳が成人年齢となった。 18歳になったら、1人で携帯電話の契約ができたり、クレジットカードがつくれたり、1人暮らしの部屋が借りられたり、パスポートも取得できたりするようになったとのこと。 ひきこもっていた18歳当時の自分には携帯電話もクレジットカードも一人暮らしの部屋もパスポートもほとんどファンタジーの領域に存在するものだったなと、振り返って思う。 私が2007年に18歳になったとき、できるようになったことと言えば散歩だった。 たかが散歩である。

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑦

          ひきこもりこぼれ話②

          前回はひきこもっていたときの一種の山場というか、一番深い底に触れた経験のことを書いた。 noteを始めたときから、書きたいと思っていた事柄であったから、拙いなりにも形にできて少しほっとしている。 ただ、前回思いのほかエネルギーを使ったので、今回は少しのんびり行きたい気分。 ということで、今回は本筋からは外れて道草を食べる回。 そう、第二回ひきこもりこぼれ話。 こぼれ話①の続きを書こうかと思っていたのだけれど、今回はひきこもり歴13年から今に至るまで⑥を書いていたときに思いつ

          ひきこもりこぼれ話②

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑥

          不意に目がさめる。 ナツメ球のオレンジ色の光。 自分のことを思い出すのに少し時間がかかる。 自分がいつ眠ったのか記憶がない。 今、何時だろう。 カーテンの隙間から覗く向こう側を、暗闇が真っ黒な壁となって塞いでいる。 音が何一つしない。 その静けさに、まるで私のいる部屋ごと宇宙空間に投げ出されてしまったのではないかと不安になった。 とっさに誰かの名前を呼ぼうとするけれど、呼べる名前がないことに愕然とする。 そして、今ここにいる私のことを知っている人や、私の名前を呼んでくれる

          ひきこもり歴13年から今にいたるまで⑥

          日記 2022年4月7日

          夜勤明け。 帰宅ついでに買い出しをすませる。 眠気もあるが、その眠気すら心地よく感じる春の空気。 民家の塀から1本の枝垂桜が顔をのぞかせている。 俯き加減にもみえるその顔を、覗きこむように私は見上げる。 道沿いにたくさん並んで咲く桜もきれいだけれど、たった一つ置かれてある桜もきれいだなと思う。 パステル調の風景が流れていく。 赤信号になり、自転車を止める。 道路の向こう側には中学生か高校生らしき集団がいる。 こんな時間にめずらしいなと、不思議に思う。 信号が青になり

          日記 2022年4月7日