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「あの世へ持ってゆく花」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十七)丸山健二
葉っぱだらけになってしまった夏の庭を彩ってくれるのは、各種のユリです。
テッポウユリ系よりもクルマユリ系が好きで、オリエンタルリリーの括りで販売されているド派手なユリも、使い方次第で新鮮な驚きと感動をもたらしてくれるために厳選したものを少々使います。
しかし、所詮はオニユリやヤマユリといった自然系の引き立て役でしかありませんから、さほどの思い入れがなくても、美の基準に適合している場合に限
「生き物の宿命ってこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十六)丸山健二
木枯らし一号とおぼしき、アルプス颪とも言える冷酷な風が、高齢者たる私に虚勢を張らせます。「何くそ、これしき」という思いが強まって、「今度の冬も生き抜いてみせるぞ」という、年寄りの冷や水もいいところの覚悟を勝手に固めます。というか、弱音を吐いたところで誰も助けてはくれません。
まあ、これは例年通りで、今ではもう慢性化された、その分だけ新鮮味に欠ける自分への叱咤激励なのですが、生き抜くための底力
「イメージを優先させるな」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十三)丸山健二
標高があるからといって涼しい夏を満喫できるとは限りません。
観光地として有名な高原であっても、ときとしてそれなりの暑さに閉口させられます。
ましてここは、七百五十メートルという中途半端な高度ですから、太平洋高気圧の張り出し方いかんによっては三十五度を超える高気温に見舞われることも珍しくありません。
もうだいぶ以前のことになりますが、ヒマラヤの青いケシにいたく魅了されたことがあり、たと
「この世にしがみついてみたら」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十二)丸山健二
言うまでもないことですが、まだ若いタイハクオウムのバロン君や、長年連れ添っている妻のように、庭もまた生き物なのです……このたとえは、ちょっと問題ありですか。
それはともあれ、そうした常識中の常識をついつい忘れてしまい、美術作品の創作と同等の位置付けをした結果、イメージ先行の大失敗を招きがちの状況に陥ります。
つまり、一年中花いっぱいの庭にしたいなどという、とんでもない夢を命の世界へ持ちこ
「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二
アカゲラとアオゲラの二種類のキツツキがしばしばやってきます。なんとも気紛れな訪問で、季節を問いません。
少しばかり見た目がいいからといって、必ずしも大歓迎というわけにはゆきません。それというのも決まって悪さをするからです。樹木の表皮の裏側に巣くっている虫をほじくり出したり、ドラミングによって縄張りを主張したり、異性を惹きつけたりする行為は一向に構わないのですが、しかし、幹に大きな穴をあけて巣