書房いぬわし

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「ときには虚勢も必要」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十四)

 第三者の目にはどこが面白いのかさっぱりわからない、単調な庭作業に没頭しているときのことでした。  突如として家のなかからドタドタドスンというただならぬ音が聞こえてきたのです。直接見たわけではありませんが、瞬時にしてぴんとくるものがありました。そしてその光景が鮮明に脳裏に浮かびました。  案の定です。タイハクオウムのバロン君がギャーギャーと大騒ぎする最中、階段から転がり落ちた妻が廊下にうずくまっていました。骨折していないかどうかを確認し、とりあえず打撲のみとわかったので、

    • 丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【9】12月21日~31日

      第9回目の連載では、12月21日から31日までを「帽子」「シクラメン」「誕生日」「口実」「ケーキ」「青」「暦」「コオロギ」「新巻き鮭」「隙間風」「鐘」が語ります。

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      • 「イメージを優先させるな」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十三)丸山健二

         標高があるからといって涼しい夏を満喫できるとは限りません。  観光地として有名な高原であっても、ときとしてそれなりの暑さに閉口させられます。  ましてここは、七百五十メートルという中途半端な高度ですから、太平洋高気圧の張り出し方いかんによっては三十五度を超える高気温に見舞われることも珍しくありません。  もうだいぶ以前のことになりますが、ヒマラヤの青いケシにいたく魅了されたことがあり、たとえ一日でも三十度以上になる土地ではまず無理だと承知していながら、ごっそり苗を取り

        • 「この世にしがみついてみたら」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十二)丸山健二

           言うまでもないことですが、まだ若いタイハクオウムのバロン君や、長年連れ添っている妻のように、庭もまた生き物なのです……このたとえは、ちょっと問題ありですか。  それはともあれ、そうした常識中の常識をついつい忘れてしまい、美術作品の創作と同等の位置付けをした結果、イメージ先行の大失敗を招きがちの状況に陥ります。  つまり、一年中花いっぱいの庭にしたいなどという、とんでもない夢を命の世界へ持ちこんで、大殺戮の修羅場を生み出したりします。庭師たちは苦い経験の積み重ねによってそ

        「ときには虚勢も必要」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十四)

          「そこがほんとの居場所なの?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十一)丸山健二

           四方が田畑のせいで、いつしか自然林の様相を呈した我が庭が野生動物の集いの場や憩いの場と化しています。  といっても当初は昼間の庭の実態しか知りませんでしたから、寄ってくる生き物の数も高が知れていると思っていました。ところが、あれは夕方だったでしょうか、まったくの偶然で、眼前を横切って行くキツネの姿を見かけたのです。もちろん雪面に残された足跡によってさまざまな獣が訪れていることは重々承知していました。  どんな星の巡り合わせなのか知りませんが、都会育ちの妻の子どもの頃から

          「そこがほんとの居場所なの?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十一)丸山健二

          「命の証ってこれのこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十)丸山健二

           春を予感させる日がつづいたかと思うと、いきなり大雪が降って冬へ逆戻りです。  毎年のことですからそれなりの覚悟ができているつもりでも、やはり挫折感を伴った失望感は禁じ得ません。  しかしまあ、積雪がどうであろうと、なんといっても三月には違いないのですから、除雪作業の重苦しさを意識するほどではないのです。放っておけばすぐに融けてしまいます。  問題なのは庭の植物たちの狼狽振りで、他人はむろん、植物を動物のようには見ない妻にも、南国にルーツを持つタイハクオウムのバロン君に

          「命の証ってこれのこと?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十)丸山健二

          丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【8】12月11日~20日

          第8回目の連載では「矛盾」「宿」「虚無」「ゴミ袋」「ボーナス」「ゴム長靴」「羽毛」「クリスマスツリー」「フクロウ」「野望」が語ります。

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          「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)丸山健二

           カッコウの鳴き声は、ヒグラシほどではありませんが、胸に沁みる郷愁を伴っています。  久しく忘れていた幼少時代のちょっとした感慨を蘇らせてくれ、思わずしばし聴き入ってしまいます。  妻に訊いてみますと、都会育ちであるにもかかわらず同じ印象を持つとのことでした。かつては東京においてもカッコウやヒグラシの声は飛び交っていたそうです。  時代が便利さを得た代わりに何を失っていったのかという、そんなささやかな会話が感無量に感じる歳を痛感したものです。  そうした好ましい風情に

          「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)丸山健二

          「美学がため息を漏らす」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十八)丸山健二

           我が庭には、どういうわけか枝垂れの樹木が似合いません。  家の構造も含めて全体的に直線的な印象が強いためなのでしょうか、なぜか馴染まないのです。  それでも、糸枝垂れの桜が春風に揺れて咲き乱れる蠱惑的な風情に憧れるあまり、ろくすっぽ考えもせずに取り入れてみました。予算と根付きの関係から、いつも通り若木一本を植えたのです。  翌年にはもう花を咲かせてくれ、当然ながらさほどの見応えはありませんでしたが、五月の風になびく細い枝を彩る桜色ときたら、ただもうそれが視界に入るだけ

          「美学がため息を漏らす」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十八)丸山健二

          「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二

           常緑針葉樹のなかで好きなのは、ツガよりも葉が小さいコメツガです。  これを我が庭へぜひ取り入れたいと思い、知人の許可を得てその山を駆けずり回ったのがもう三十数年ほど前のことです。ありふれた樹木であるのになぜそこまで探し回ったかと言いますと、より小さな葉のものを欲していたからです。つまり、同じ種類であっても微妙に個体差があり、なかには盆栽仕立てが似合いそうな細かい葉のコメツガも稀に混じっていて、それに限りなく近いものを求めました。  二週間ほど山を駆けずり回った果てに、二

          「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二

          丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【7】12月1日~10日

          第7回目の連載では「本」「初雪」「喧嘩」「電気毛布」「クレーン」「手紙」「出会い」「日溜まり」「かんざし」「焚火」が語ります。

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          「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

           アカゲラとアオゲラの二種類のキツツキがしばしばやってきます。なんとも気紛れな訪問で、季節を問いません。  少しばかり見た目がいいからといって、必ずしも大歓迎というわけにはゆきません。それというのも決まって悪さをするからです。樹木の表皮の裏側に巣くっている虫をほじくり出したり、ドラミングによって縄張りを主張したり、異性を惹きつけたりする行為は一向に構わないのですが、しかし、幹に大きな穴をあけて巣作りをすることは絶対に止めてもらいたいのです。  立派に育て上げたコハウチワカ

          「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

          「最後の勝利者は誰?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十五)丸山健二

           庭造りは、草取りに始まって草取りに終わると言ってもいいでしょう。  それが基本中の基本という地味な作業の連続なのです。けっしてチャラチャラした趣味ではありません。地道な努力の積み重ねが必要とされるのは、他の趣味と同じです。  ところが、どうでしょう、ガーデニングも文学もなぜかそうした目で見られることが間々あります。周囲の視線がそうであっても、携わっている当人の認識が冷静で正確であれば問題はないのですが、えてして当事者たちの感触もまた浮ついている場合が多く、それが原因で長

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          丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【6】11月21日~30日

          第6回目の連載では「橋」「影」「薄笑い」「ヘッドライト」「芝生」「ベンチ」「印象」「夜嵐」「池」「消火栓」が語ります。

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          「光を浴びてから死のうか」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十四)丸山健二

           家と庭が合体してこその〈家庭〉なのでしょう。  その意味においては私の住処も家庭の仲間に入るのかもしれません。  しかし、半世紀以上もこの地にこうした形で住まっているというのに、その実感が一向に湧いてこないのはなぜでしょう。  子どもがいないからでしょうか。それとも、小説家という、浮いた印象が強めの、特殊な職業のせいでしょうか。さもなければ、先天的にこの世への根付き方が悪いからなのでしょうか。  いずれにしましても、世間から一歩も二歩も引いたこの暮らしがいたく気に入

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          丸山健二著『千日の瑠璃 Changed writing style for web ver.』【5】11月11日~20日

          第5回目の連載では「紋章」「カマキリ」「快晴」「鏡」「歌」「空気」「くす玉」「弱音」「北」「火花」が語ります。

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