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ショートストーリー

86
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2023年11月の記事一覧

イルミネーション。

イルミネーション。

千遥を乗せた車は、綺麗なイルミネーションの街を走っていた。
これから行く所について詳しく調べて来たんだろうなと、彼の性格から推測する。得意気に話す横顔は、愉しそうに笑っている。

心が離れていったのはもう随分前だから落ち着いてきたなと、千遥は思う。
暖房が温かい車でいつもドライブしていても、好きな色のコートを自分で選ぶのは当然だから。

男が車を運転する間、車窓は流れている。大体は、そういうものだ

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『強がりだと分かってた』#小牧幸助文学賞

『強がりだと分かってた』#小牧幸助文学賞

「来ないで」。
粉々の君を抱く。外は雨だ。

面白そうだったので、気分転換に参加してみました。

困ったときは、今も昔も。

困ったときは、今も昔も。

オレが闇を覗き見たのは、これで三回目になる。
一回目は、いつもつるんでた仲間が突然いなくなったとき。
二回目は、うまく生きられない自分を終わらせようとしたとき。
そして、今日。三度目の闇を覗いている。

相変わらず暗く、黒く、そこにあるのが闇だとは分からずに見入ってしまうから取り込まれても気が付かないのだろう。寄り添っているなんていうのは、それを直視したことの無い、それもこれからも交わることの無い

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重くても速いから。

重くても速いから。

魔法が使えそうな夜なのに、もう白い煙もあなたの口からはでないのね。

だってそうじゃない。
クリスマスの奇跡を願ったり、魔法瓶に熱い珈琲を入れて星を見に行ったりしてたのに、肝心なときにはなんにもならないんだから。
あなたは、どこか抜けてる人だと思ってた。

もう、返事くらいしたらどうなの。
「どんな魔法が一番好き?」なんて、聞くんだもん。少し考えちゃったじゃない。
貴方の一番好きな魔法に二人乗りし

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準備は、すでに始まりの合図。

準備は、すでに始まりの合図。

今日で9歳になる少女は、大人たちが不思議でならなかった。

「サンタクロースはいない」。

プレゼントの値段が高くなったから、代わりに一緒に買い物に行こうと母親が提案してきた。今年でサンタクロースは「おしまい」なんだって。

じゃあクリスマスが来るまでのこのワクワクと、家族でするクリスマスパーティーの幸せな気持ちはなんなのだろうか。朝起きてプレゼントを開けて喜ぶ、それを家族が見てまた笑い合う。あの

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お似合いの名前

お似合いの名前

どうして彼は「ネコ」と呼ばれているのですか?

学生服の2人――
「高校の先輩が、そう呼んでたんですよ。ネコさん、ネコさんって。だから、僕らも、なぁ」
「あぁ、うん。でも面と向かってはまだ呼んだことはないですけど」

スーツ姿の男――
「本人がそう名乗っているからですよ。だから、みんなそう呼んでる、そう聞きました。違うんですか?」

散歩中のお年寄り――
「ネコから見たら、みんなネコじゃろて。あん

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月と太陽の友情は存在するのか。

月と太陽の友情は存在するのか。

「無事、朝が来てくれた」と、狼男は安堵した。
彼の住む森に、今日も穏やかな太陽が顔を見せる。
朝が来ると木こり小屋で軽い朝食を済ませてから、すぐにタバコ畑の様子を見に出かける。それほど広くないが、狼男はそこが好きだった。朝日を浴びた土のにおいと、緑の力強さを感じることができるから。
それから、自分で巻いた紙巻きたばこを煙草ケースに詰めなおす。
彼が考案したシガレットペーパーは愛煙家からも好評だった

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命をつなぐ手段。

命をつなぐ手段。

12歳の誕生日ケーキのまえで、カナエは自分ではどうにもできない思いに歯痒さを感じていた。
「大人になりたい」、それがカナエの思い。

カナエが、ヴァンパイアを好きになったのは6歳の時。
偶然テレビで見たアニメのなかに、その人がいた。死んでしまいそうな猫が、どこからか現れたヴァンパイアに血をもらい助けてもらう。その日から猫はヴァンパイアとして暮らしていくのだが、カナエもそれを見た日から、そうなりたい

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「人」についての本。

「人」についての本。

雪国に長く住んでいると、「秋」というのは雪が降るまでの助走でしかない気がする。ひとつ損したと思うのは、本当は4つあると教えられたからだ。
たとえ、それが無料で提供され利用していないとしても、取り上げられるのは絶対イヤだと騒ぐ。それが「人」だと、図鑑には明記してあることだろう。

その図鑑は、森にある。
森というのは、男が向かうところだ。
寒空に霧を解き放つ森に、少年時代にちぎり取った青空をポケット

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可哀想な男。

可哀想な男。

見えないものにまで名前をつける人間とは違うな。そう思いながら男はカエルを持ち上げ、鏡の前に立っている。
カエルに鏡を見せてあげているような格好で、両手でしっかりカエルの脇の下を持ち上げたまま男は考える。
人間だった頃なら、今のわたしのことを幽霊と呼ぶだろうか、と。
男の姿は、鏡には映っていない。

それは男が、この世から随分と遠くへ行ってしまったからなのか。

それは男の視力が、この世のものを見る

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