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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#短編小説

【短編小説】LOVE POTION NO.9(後編)

【短編小説】LOVE POTION NO.9(後編)

先を行くお兄さんに気づかれないように、私は美春にこっそりと尋ねる。

「そもそもあの人なんなの?」
「お店の人なんだけど、なんて言えばいいのかな、古道具屋さん?」

……古道具屋さん? 古道具屋さんがいったいなんでチョコレートなんて取り扱っているのだろうか。
先を行くお兄さんはまるでウィンドウショッピングを愉しむかのように飄々と町を歩いて行く。どれだけ歩いただろうか、いつの間にか私達は駅前の裏路地

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【短編小説】LOVE POTION NO.9(前編)

【短編小説】LOVE POTION NO.9(前編)

きっと、バレンタインのせいだ。

二月になると教室の空気がなんだかそわそわしてくる。他愛ないおしゃべりだったり、視線を交わす仕草にもなんとなく緊張感が漂っているみたいに感じる。

でも、私は正直に言うとみんながなんでそんなにバレンタインに必死になっているのかが分からないのだ。同級生の男子がなんだか子供のように思えてしまって、よっぽど仲の良い女友達と話している方が楽しいと思うんだけど、みんなはそうじ

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【短編小説】腸詰奇譚 6話

【短編小説】腸詰奇譚 6話

夏の世の夢これが、私が乱歩先生と関わった、たった数日の出来事でございます。

その後私は良縁に恵まれまして、こうして地元にいて孫に囲まれているわけでございますが、まるであの日のことは一夜の夏の夢のように思われるのでございます。

……ですがね。

この歳になって、今更思うのです。

なぜあの手紙は、わざわざタイピングされて書かれていたのだろうか。

良美姉さんは別にタイピストだったわけではありませ

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【短編小説】腸詰奇譚 5話

【短編小説】腸詰奇譚 5話

女給の行方結局のところ、乱歩と丸山、定子の三人の奇妙な銀ブラにどんな意味があったのか計りかねたまま、定子は銀巴里で働き続けていた。何があったとしても生活はしなければならない。その後しばらく乱歩は銀巴里に姿を見せず、丸山もまるであの日の出来事が無かったかのように淡々とステージに立ち続けていた。

乱歩が再び銀巴里に姿を見せたのは、奇妙な銀ブラの日から三週間ほどたった日のことだった。今度は一人で銀巴里

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【短編小説】腸詰奇譚 4話

【短編小説】腸詰奇譚 4話

奇妙な銀ブラ 翌日の午後三時過ぎ。

晴海通りと銀座通りの交差点、今はPX(米軍の売店)となっている旧服部時計店前と設定した待ち合わせ場所に到着した乱歩の前には、定子と丸山が立っている。定子はともかく、まさか丸山が来ているとは乱歩は思いもしていなかった。

「丸山くん、君が来るとは思わなかったよ。店の方はいいのかね」

「あら先生、お給金は先生が立て替えてくれるのでなくて?」

「定子くんの分はそ

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【短編小説】腸詰奇譚 3話

【短編小説】腸詰奇譚 3話

銀巴里 その2丸山は定子の様子を見て、果敢にも彼女の前に立ちはだかって告げる。

「定ちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」

そう言う丸山の声も耳に入っていないのか、ぶるぶると震えたままで定子は乱歩に向かって話しかけた。

「ら、乱歩先生もそういう人なのですか」

「そういう人、とは何だね」

自分と定子との間に丸山がいるからなのか、それとも定子を刺激させまいとしてのことなのか、刃物を向けられている

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【短編小説】腸詰奇譚 2話

【短編小説】腸詰奇譚 2話

銀巴里その1
小林定子は銀座7丁目のシャンソン喫茶、『銀巴里』で働く女給だ。知人の伝手を頼って東北地方から親元を離れ一人出てきた彼女は、垢抜けないその仕草やそれを気にしない大らかさが周囲に好意的に受けとめられていた。

「ふふふ。定ちゃんは今日も元気そうね」

彼女は銀巴里のボーイでありスター歌手である丸山にも「定ちゃん」と気さくに呼ばれて可愛がられていた。

「あ、ありがとうございます。私なんて

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【短編小説】腸詰奇譚 1話

【短編小説】腸詰奇譚 1話

昭和XX年。夏の夜、銀座
あれはとても蒸し暑い夜のことでございました。

仕事の都合で遅い時間の帰宅となった私は銀座の大通りを足早に歩いておりました。

銀座の大通りといいましても、まだ戦後の復興のさなかでございます。

通りのあちこちに勝手に出ていた違法露店がつい先日一斉に撤去された所で、かえって夜の銀座は人通りも少なく、都会だというのに妙な静けさに包まれておりました。

だからでしょうか。ふと

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

 F氏は写真が趣味だったが、久しぶりに会うと「辞めたよ」と暗い顔で言った。

 彼の冬の娯楽は、G県のとある山での野鳥撮影だったという。同好の士のM氏と二人でしばしば山に入り撮影を楽しんでいた。

 ある日のこと、山に入ろうとした二人は地元の老人に声をかけられた。

「あんたら、今日は山に入ってはいけねぇ。今日は十二日だんべぇ。十二様が山の木を数える日だぃね。人が山に這入ったら間違って木にされちま

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【掌編小説】騒がしい知識

【掌編小説】騒がしい知識

 二十一世紀の初めの頃、世界人口の増加ペースに食料生産能力がいよいよ追いつかなくなったと分かったときに、一部の富裕層は自らを電子データに変換することを決断した。彼らはデータ生命と呼ばれている。

 インタビュアーが感心した様子で話す。

「凄い決断でしたね」

「ところがそういう訳でもなくてね。ヨガやらゼンやらのブームと同じくらいの感覚で、『食糧難の時代到来。いまこそ肉体を捨ててクールでスマートな

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【掌編小説】けなげな鍵

【掌編小説】けなげな鍵

 ちょっと聞きたい。あなたは忘れ物をしやすい人かい? もしそうなら俺と同類なんだが、思うにそういう人は、基本的に適当なのだ。適当にぽいっと置いてしまうからすぐに物を無くしてしまう。それが良くない。まあ色々と忘れ物をしてしまうのだが、よく無くすのは鍵だ。もちろん無くしてしまう俺が悪いのだが、だいたいあのサイズがよろしくない。すぐにそこらの隙間に入り込んでしまって、どこに行ったか分からなくなる。

 

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

ひとつ。

「ねえ、十二様って知ってる?」

ふたつ。

「山の神様らしいんだけど」

みっつ。

「女神様で、一年に十二人の子どもを産むんだってさ」

よっつ。

「だから山の神様の祭りには十二個の餅を供えるらしいよ」

いつつ。

「それとさ」

むっつ。

「山に入るときは十二人にならないようにするんだって」

ななつ。

「山の神様が、自分の子どもと勘違いするかららしいよ」

やっつ。

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【掌編小説】フラッシュバック

【掌編小説】フラッシュバック

バシャッ、と頭の中でフラッシュが閃く。

ーーーーああ、まただ。

私は一人、溜息を吐く。私の意思とはまったく無関係に、過去の瞬間が鮮明に頭の中で再生される。皮膚に感じる温度や空気、匂いまでもが再現されて、私をその瞬間へと強制的に引き戻してしまう。

運転席でハンドルを握る私の横で、甘い笑みを浮かべているのは恋人の聡士だった。こちらを見つめるその瞳はどこまでも嘘がないように見える。私はその瞬間、確

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【掌編小説】電波塔に上って

【掌編小説】電波塔に上って

「はぁ……」

カタカタとパソコンのキーボードを叩きながら、向かいの席の後輩の田中が大きく溜息をついた。人の気配の少ないオフィスでは小さな呟きもやけに大きく響き渡る。今日は年末の挨拶回りもかねて得意先への訪問予定があったため、自分も彼もオフィスへと出社していた。ずいぶんとあからさまに大きな溜息をつかれてしまうと、さすがに反応しないわけにもいかない。

「どーした、そんな大きく溜息をついて」

パソ

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