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【短編小説】腸詰奇譚 1話

昭和XX年。夏の夜、銀座


あれはとても蒸し暑い夜のことでございました。

仕事の都合で遅い時間の帰宅となった私は銀座の大通りを足早に歩いておりました。

銀座の大通りといいましても、まだ戦後の復興のさなかでございます。

通りのあちこちに勝手に出ていた違法露店がつい先日一斉に撤去された所で、かえって夜の銀座は人通りも少なく、都会だというのに妙な静けさに包まれておりました。

だからでしょうか。ふとすぐそこの路地裏から、小さく女の声がしたような気がしたのでございます。それも普通の話し声ではなく、「ひっ」という、飲み込むような悲鳴でした。私も女ですから、なにができるという訳ではございませんが、思わずその場で立ち止まっておりました。

おそるおそる声がした方の路地裏を覗き込みます。

店と店との間が細い路地になっていて、店ででたごみの仮置き場所になっているようでした。雑然とした路地は其処此処そこここに闇が重さを持って留まっているように暗がりとなっています。

ぬっ、と闇の中から湧き出るように現れたのは、見るからに屈強そうな亜米利加アメリカの兵隊さんでした。

それだけでしたら珍しくはありません。進駐軍の兵隊さんは戦争で焼け残った服部時計店や松屋デパートを売店として使っておりましたので、買い物のためにそこかしこを歩いておりました。

その兵隊さんは私に気がつくと睨みつけるようにして英語で何事か喚きました。何を言っているかは分かりませんでしたが、こちらを追い払おうとしているのは明らかでした。

その兵隊さんは両手で一抱えほどもある大きなブリキのバケツを抱えていたのです。

ついさっき解体したばかりの臓物を詰め込んでいるのでしょうか。

あちこちに血がこびりついているそれは屈強な兵隊さんでも重そうな様子でした。

そして。

ああ。

私は見てしまったのです。

そのバケツの縁からは、白い女の手がわずかにはみ出ていたのです。


<2話へ続く>


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