オモテとウラ。私のオモテは、元気でいつもポジティブ。私のウラは、何かと調子を崩しがちでネガティブ。オモテとウラが伴っていなくて時々苦しくなる。そして、本当の自分が分からなくなる。皆んなが好むのは前者であることなんて分かっているから辞められない。どうするのが正解なのか。。
社会には表の面と裏の面があり、裏の方にいると自分を下に見やすい。私は20年以上社会では裏の方にいるので、どんなに物事で表の面が取り繕うことでうまくいっているように見えても、少しでも裏の面がうまくいかない部分があるとその方ばかり気になる。自己責任で片づけられない社会の歪みだと思う。
「表と裏、表裏の裏」の3種類が存在していると思っている。 表面や相手が勝手に想像する「表と裏」 そして、誰も見えない見えることの無い本音は「表裏の裏」の部分。 私は「わかりやすい性格」なのは分かってる、だけど、私の「表裏の裏」は誰も見抜けてないと思うんよね。
願い事 一つも叶う 事はなく 思いもよらぬ 事だけ起こる 苦しくて 涙出るなら まだ良いが もう枯れている 心水なし 応援は 形だけなら 意味はなく 口先だけの 約束事だ 表裏 激しい世界 それなのに なぜ生きようと 足掻くのだろう 意味もなく 価値も無いまま 老いて行く
仮面
本音と建て前
たとえば'それ'は本当に'私'以外には'存在'しないのか わたし以外の'それ'は'存在'しないのか 本当に'外部'から'観測'、'検証'できないのか '私'にとって'それ'は'存在'、或いは/即ち(oder)'存続'しないのか '私(それ)'にとって'それ(私)'は'内部'なのか
「欲のない人間、好奇心のない人間には用がない」 (盛田昭夫) 「欲」はネガティブな印象を受けがち… でも、何かを求めている人の方が パッションを感じるし、裏表がない 今に満足していない人には 未来に向けて行動する「熱さ」がある その熱は伝染して周りの人を熱くする